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鳩山首相に指導力があるかどうか

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)22時11分55秒
編集済
  こんばんは、皆さん、植田です。

 夕方のニュースで鳩山首相の人気アンケートをやっていました。
 人柄は今も支持率(人気)が高い。
 一方、首相としての指導力は低い、という結果が出ていました。

 しかし、私としては、「普天間基地を最終的に判断するのは私だ」と鳩山首相が何度も明言しているのだから、それまで待ってやったらどうかと思います。
 今の時点で首相に指導力があるかどうか、なんてことは、まったく早すぎます。日本人はなんでそんなに気が短いのでしょうか。

 普天間基地問題に関して、私に不思議なのは、誰もこの問題の本質の疑問を出してこないことです。先週のNHKの日曜討論で誰かがちょこっと触れていましたが、この問題の本質は、日本を守るのは誰か、ということだ、ということです。アメリカ軍ではないだろう、と。
 日本人がこの問題を放棄しているので、その結果として、派生的にアメリカ駐留軍の維持経費問題になっているだけのことです。あるいは、飛行機の訓練場所の確保問題、と。

 となると、なぜ戦後の日本人は自分で自国を守ることを放棄してしまったのか、という問題になります。
 で、私は、たった60数年の戦後の日々では、昭和日本軍の思い出を清算するには短すぎる、と思っています。だから、アメリカ軍に頼る方が安全である、と。

 2.26事件では、この問題を解決したのは昭和天皇でした。
 この一事を取って見ても、もし今日本軍が再建されたとして、戦前のように軍が政府に対して武力攻撃に出たら、いったい誰が軍の行為をストップできるのか、という問題がたちどころに出てきます。
 憲法9条問題とは、日本軍は自国の政府に銃を向けたことがあることです。事実として。
 だから、その場合、誰が軍を管理できるのか。

 一方、天皇がいないアメリカでは、なぜ軍は大統領の管理下にいられるのか、という疑問が出てきます。

 答えは、軍は誰のものか、です。
 戦前の日本軍は天皇のものでした。

 戦後は、ここが不明です。
 不明でいる限り、軍の存在を憲法で公認できないでしょう。
 日本軍の再建問題を考えるよりも、アメリカ軍の駐留経費や移設問題を考えるほうがまだまし、というのが日本国の現状です。

 日本人は、あと半世紀は日本軍を公認しないでしょう。
 それだけ昭和日本軍はネガティブな印象を日本人に残しました。
 

天皇の「現人神」と、キリストの「現人神」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)15時57分20秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 本日の新井信介氏のホームページに実に興味深いが話題が出ています。
 それを拝見して、私には、年来の大問題が一つ、解決しました。
 新井氏の見解とは異なりますが、私が自分なりにずっと考えてきた問題です。
 さっそく、その問題に行きます。
 全文も面白いですが、今は、そこからここだけです。

  「天皇(の概念) とは、
     実在神アマテラスの肉体を引き継いだ、直系子孫で、
     天皇霊アマテラス を受肉化した、 神 そのもの  でした。

  これは、 AD325年に、コンスタンツ公会議で、決めた、
     イエスは人間として実在した人で、
    しかも、キリスト霊 を受肉化した、 神 そのもの。
   と、まったく同じ発想、同じロジックです。」
 http://midorinonet.com/purplejade/


 天皇を現人神と考える場合、キリストもまた現人神とみなす考えがあることから、両者は同じである、という指摘です。
 問題は、さて、それは本当のことか、です。
 同様の問題を小室直樹氏も『天皇の原理』で論じています。

 やっと私の頭にひらめいた天皇が「現人神」という場合と、キリストが「現人神」という場合の違いです。
 この問題の核心は、神を何と考えるか、です。

 日本語では今ではキリスト教の神も、神道の神も、同じ「神」という言葉で表記しているために、言葉だけをみれば、簡単に「同一視」できます。
 しかし、日本史の戦国時代に日本人にキリスト教を布教に来たカトリック宣教師たちは、すでにその違いを認識していました。
 彼らは、日本語の中には聖書に出てくる「神」に相当する概念がないことを知り、それまで「大日」とか、「天主」などの言葉を使っていたのをやめて、「デウス」を使うことにしました。

 それよりも肝心な点は、日本人の神は、祖先崇拝から来ている、という点です。
 天皇が誕生するにあたっての日本書記に出てくる神話の系図については、すでに紹介しました。
 先月24日のこの掲示板での書き込みです。「神はいかにして人となったか」。
 http://www.uedam.com/kako910.html
 このサイトのその日付のところをご覧になってください。新京都学派の一人、上山春平氏の解説を紹介しておきました。

 「 さて、上山氏が言います、

 「記紀神代巻のライトモチーフが、〈万世一系〉の哲学を説くにあたり、そのためには何よりも、天皇における神の化身の秘密を説き示す必要があった、・・。この場合、神とは、天上の最高神としてのアマテラス大神であり、この神が、どのような経路を経過をへて天上の最高神として君臨する至ったか、また、どのような経過を経て地上の天皇に化肉するに至ったのか、ということが、記紀神代巻の中心テーマとなっている。そして、その神話風のストーリーのクライマックスが、〈天孫降臨〉の物語なのであった。・・
 天孫降臨の神話は、天上の最高神としてのアマテラス大神がいかにして地上の天皇に化肉したのかという、まさに〈万世一系の哲学〉の核心をなす問題点にふれながら、日本律令制における無責任君主制の成立について物語っているということになろう。」『続・神々の体系』P.100

この受肉、あるいは化肉は系譜によって示されます。

 「アマテラスは女神であり、夫にあたる神は存在しないわけですから、常識的に考えれば子孫がないはずなのですが、記紀神代巻では、アマテラスとスサノヲの〈誓約〉によって生まれたアメノオシホミミをアマテラスの嫡子とみなし、アメノオシホミミの子のニニギをアマテラスの嫡孫とみなしています。」『埋もれた虚像』岩波書店184

 アマテラス→アメノオシホミミ→ニニギ→ヒコホホデミ→ウガヤフキアエズ→イワレヒコ(神武天皇)。

 こうして日本版の「神はいかにして人となったか」が完成します。経路です。
 動機は、日本国の統治です。」

 この系図を意味あるものにするのは、日本人の祖先崇拝の信仰です。
 日本人の「神」観では、人は死ぬと神になる、というものでした。
 これを逆にすれば、つまり、血統のつながりのある世代の連続上で死者と生者を逆転すれば、死者の霊は、生者となって生き神となる、です。生き神=現人神、です。
 これが日本の天皇を「現人神」と見なす場合の意味です。

 では、キリストを現人神という場合はどうか。
 皆さんもご存じのように、キリストは古代ユダヤ民族の血統の中から誕生しました。
 そこで問題となるのは、古代ヘブライ人の信じた神は何か、です。日本人のように祖先崇拝の信仰を持つ民族だったのか。

 というと、エホバが彼らの信じる神でした。
 このエホバ神の大きな特徴の一つは、人間の感覚器官には現れないことです。
 その意味で、超越神と言われます。
 だから、モーゼがエホバから受け取ったと言われる「十戒」の二番目に来るのが、「汝(なんじ)、神の像を刻んではならない」という戒めです。
 このような超越神を信じていたのがキリスト以前の古代ユダヤ民族でした。

 その民族の中からイエス・キリストが誕生しました。
 この存在は、「現人神」と言われるようになります。
 では、そのことの意味は何か。

 古代ユダヤ人の神観ではあり得ない事態です。
 エホバは人体としては一度も出現しませんでした。
 キリストは、人間の姿をしていました。いや、人間そのものでした。
 ここから、大問題が発生します。
 キリストとは何か。人か、クリエーターか。
 さらにここに聖霊が加わって、キリスト教徒の中に「三位一体」なる考えが生まれます。 三位とは、「父と子と聖霊」のことです。
 キリストは人であり、同時にクリエーターであり、同時に聖霊なのか。

 「三位一体」の真相のことは置くとして、今は、天皇が現人神と言われる場合の現人神の意味と、キリストのそれとの違いです。
 以上のように見ると、ポイントは、キリストを「現人神」と見なす場合の問題は、エホバが超越神だったとして、エホバを生み出した民族の中から、なぜ、キリストが出てきたか、です。
 もっとも、旧約聖書的には順番が逆です。古代ユダヤ人がエホバを生み出したのではなく、つまり、唯物論的に発想すれば、エホバは古代ユダヤ人の頭から生まれたものである、ということになりますが、そうではなく、旧約聖書的には、エホバがユダヤ民族を作り出した、となっています。

 キリストを現人神という場合の、理解の困難性は、そこにあります。
 天皇の場合は、その正体は祖霊です。
 エホバは古代ユダヤ民族の祖霊ではない、というところが、天皇とキリストを同じ「現人神」で一つのものにする場合の、大問題です。

 西洋文明を形成した一つの思想的土台が、その、感覚では知覚できない存在を神として受け入れた点にあります。
 律令理性には「つまづきの石」です。
 つまり、エホバとは、精神の目でしか見ることができない神です。

 新井氏は私とは別の文脈でこの問題を論じていますが、以上にように私には年来の疑問点が解決できるヒントになりました。
 感謝します。
 

内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)11時44分41秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 タケセン氏の話題の続きです。
 ルソーのところからです。

 「≪秩序は人々を縛るものではなく、なぜ権利なのだろう》。そんな武田の問いかけから、〈社会契約〉〈一般意思〉などのキーワードを読み解いていく。高校2年の女子生徒が質問する。『日本は契約社会ではないから、ルソーの考えは私たちの社会に当てはまらない。そんな話を聞いたことがあるけど・・』
 武田が応答する。ルソーが記述した〈合意〉=〈契約〉は人民主権を保障する概念。商行為を含む個々の契約を成立させる土台となる根本のルールなのだと。生徒は、『契約といっても意味の次元が違うんだね』とうなづいた。1コマ3時間余りの授業は、こうした問答を重ねて進む。
 午後8時すぎからは、地域の大人が集う。〈内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か〉。政権交代後の論点などを話題とし、議論は徐々に盛り上がる。
 この塾には多様な人々が集い、去っていく。小学生とその保護者、地方議員、自治体の長、上場企業役員・・。タケセンと議論を戦わせ、時に反発して、またそれぞれの持ち場へと戻る。」日経新聞2009.11.22

 ルソーの契約論、一般意志論は、律令理性にとっては躓きの石です。
 というか、律令理性にとっては、まだ暗い夜明け前の時刻にあって、ゆっくりと明るい光が射してくる瞬間の光景です。
 政権交代があった直後に、この話題を取り上げたのはタケセン氏のセンスの良さでしょう。今の日本利政治状況にあって、律令理性が最も必要としているのが、この一般意志の問題です。

 なぜか。
 記事の後半にこうあります。

 「33年間、市井の哲学者として地域に根ざし、市民との対話に徹してきたタケセンが今年10月、請われて非常勤の国家公務員となった。参院行政監視委員会の客員調査員に任免され、月2回、国会に所属する官僚に哲学の講義を始めたのだ。
 行政監視委はキャリア官僚の不祥事などを契機に発足した委員会。依頼された講義内容は、〈日本国憲法の哲学的土台を明らかにする〉。参院行政監視委調査室の首席調査員、荒井達夫は、『公務員倫理やキャリアシステムの問題点の本質を≪武田哲学》の視点で明らかにして欲しい』と期待する。
 薬害問題や官製談合は、市民の常の上に成り立つ〈公共〉と、国家が担う〈公〉との齟齬がもたらした病理だと武田は言う。公共哲学をめぐり官僚とタケセンとの対話が始まった。」前掲

 こんな具合に、政権交代後の今、哲学を最も必要としているのが官僚です。
 戦後の日本国憲法下にあって、官僚の立場はいかなるものか。
 これが不明になってきたわけです。

 私たちの律令理性論から見れば、簡単な問題ですが、現状ではちょっと過激すぎるでしょう。
 しかし、政治家主導が定着すれば、やがて、過激な思想が当たり前になり、常識になっていきます。

 で、やがて常識になっていく問いがこれです。
 引用文中にあった問いです。

 〈内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か〉。

 これは実に簡単な疑問です。
 国会とはいかなる機関か、です。
 そして国会と司法の関係はいかなるものか。
 律令システムの場合と、デモクラシーの場合では、これらの関係がガラッと変わります。

 そこで、律令理性論を用いないで、ここをどうやって解明するか。
 私には興味しんしんですが、記事にあるように、たとえばルソーの「社会契約論」を参照する、ということになるでしょう。
 しかし、そうすると、女子高生が疑問を発したように、こうなります、

 『日本は契約社会ではないから、ルソーの考えは私たちの社会に当てはまらない。そんな話を聞いたことがあるけど・・』

 さて、ここを商法とか、ビジネスの契約の話で、たとえ話的に説明することは一時的には納得を得られますが、アメリカ占領軍が導入した「国民主権」ほどの過激さに到達できるかどうか。
 ここに到達しないと、戦後日本人のアメリカ従属状態を脱することができません。
 

タケセン氏の古代のアテネで行われたかのような哲学塾

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)10時23分19秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 別に休憩をするつもりはなかったのに、頭が思考停止してしまいました。気がついてみたら、もう週が変わっていました。

 なんで完全に思考が停止してしまったのか、と考えたのですが、今年は、大変高い山を登ったので、反動が出てきたのだろう、と解釈することにしました。
 自分の意欲とは別のところで、エネルギーの貯水池が涸渇状態になったかのような感じでした。
 何を考える気も起らず、何を読む気も起らないので、近年の日本文化の最大の海外セールス戦略であるアニメを見ることにしました。
 「スラムダンク」と「アイシールド21」と「テニスの王子様」。
 ユーチューブで見ても、ドイツ語、英語、フランス語、ポルトガル語、中国語、韓国語版などで流れています。
 見始めるとすっかりはまります。

 で、枯渇していた貯水池にエネルギーが次第にたまってきたように感じられます。
 それで、とりあえず、話題を一つ。

 昨日の日経新聞に武田康弘氏の記事が出ています。
 私はまったく知らない人ですが、どうやらマチの哲学者のようです。ということは、大学で哲学の講座を持っているのではなく、普通の人たちを相手に哲学を何年も講じてきたとのことです。

 「千葉県我孫子市にある私塾〈白樺教育館〉。10人ほどで満席になる教室に土曜の午後、制服姿の少女らがやってきた。主に高校生、大学生を対象にした哲学教室。秋期の教材は、ルソーの『社会契約論』の初稿、『ジュネーブ草稿』(光文社文庫)だ。
 話者は〈タケセン〉の愛称で親しまれる塾長、武田康弘(たけだやすひろ、57)。大学の哲学科を卒業、1976年にこの地で〈いささか反時代的な塾〉を立ち上げた。団塊の世代にジュニアが生まれ始め、大手進学塾が有名校への合格実績を競って規模拡大を始めたころ。木造賃貸しアパートの一室で、公式などの暗記ではなく〈意味の了解〉を理想とした小さな塾が産声を上げた。
 教室には今、小学生から70歳代の地域住民が通う。小、中学生には授業の進度に合わせた教科の学習。高校生以上のクラスでは、〈自由な対話による広い意味での哲学〉を学び合う。」日経新聞2009.11.22

 ベリー・グッド。
 こういう人がいました。

 では、タケセン氏の哲学はどういうものか。

 「サルトル、メルロ・ポンティなどを邦訳した哲学者の竹内芳郎らと交流、対話を重ね、武田がたどり着いたのは〈生活世界からの哲学〉。自分が体験したことを思い出し、どう感じたかを意識して自由に意見を述べる。『その営みを励まし、根拠づけるものが哲学』と信じている。
 教室で、タケセンがジュネーブ草稿の一節を朗読する。≪社会秩序とは神聖なる権利であり、これが他のすべての権利の土台となるのである。しかし、この権利は自然に生まれるものではない。合意を基礎として生まれたものなのだ≫。ルソーが後に刊行した社会契約論の核となる記述だ。」前掲

 この記事は面白いです。
 全文を紹介したいくらいですが、とりあえずこのくらいで。

 こんな具合に、普通の人たちが正式なアカデミズムや教育組織の中ではなく、自発的な集まりによって哲学を論じることは実に興味深いです。
 で、私には一つの先入観があります。
 律令理性人たちがこのような集まりを持つ時、必ず直面するのが、というか、どうしても避けて通れない問題が一つある、と。
 それは、自発性とは何か、という問題です。

 律令理性には、自発性の発揮はタブーです。
 タブーであるので、それを思考することもできません。

 それにもかかわらず、律令理性人も「人間」なので、どうしても好奇心をもっています。
 ちなみに、『江戸時代の教育』を書いたイギリス人のドナルド・ドーアは、江戸時代の日本語には英語のcuriosityに相当する単語がなかった、と指摘しています。
 日本人の教育は、イギリス人にとっては当たり前である「好奇心」から始まるものではなかった、と。
 ジョン・ロックの『教育論』はこの好奇心を学問のスタートに置いています。

 さて、タケセン氏はこの問題をどう処理するか。
 

律令システムでは、軍は必ず民を支配しなくてはならないことを要請される

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)15時59分21秒
   こんにちは、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Nサイトです。

律令システムが日本人をして憲法9条にしがみつかせる
 

まず、陸軍は国内の反乱軍を鎮圧するために登場した=西南戦争

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)15時27分17秒
  こんにちは、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Nサイトです。

昭和日本軍は、なぜ律令システムの集大成か
 

昭和日本軍の「呪い」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)14時49分28秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 戦後日本人が自国の安全保障を他国であるアメリカに依存していることの大きな理由は、日本人が自国の軍部に対する不安を払拭しきれないからだ、と私は思っていますが、保阪正康氏の『東京が震えた日 2.26事件と東京大空襲』に私が言いたいと思っていたことの事例が出ていました。実に適切な事例です。

 「あの太平洋戦争は3年9か月つづいたが、そのうちの2年余は軍事上の戦闘であったと、私は認める。しかし、残りの1年余はそれは軍事上の戦いではなく、私たちの国の歴史や文化との戦いだったと思う。客観的、相対的に現実を見るのではなく、自分たちの思い込みや偏見、独断だけで現実と対応していて、〈戦争とは負けと思ったときが負け〉とか〈皇国3000年の歴史で不敗の皇軍〉といったカタルシスに満ちた言葉を口にして戦争を戦っていたのである。
 このような態度は、この国の歴史や文化や伝統と似て非なるものだということを、私たちは知っておかなければならない。現実の過酷さや人間の感情を無視してひたすら〈本土決戦・一億総特攻〉を呼号した軍部司令部は、バランス感覚を失ってなんのために戦っているのかさえわからなくなっていたと、私には思えるのだ。」毎日新聞社2008p.294

 その指摘はグッドです。
 まさに戦闘が終わってから、ひたすら空爆に耐えているだけの日本人の戦争とは何か。
 戦争ではなく、自ら呼び込んだ日本アウシュビッツ列島です。

 で、その点の保阪氏の指摘はグッドですが、その当時の軍部をあたかも盲腸のように見なす視点は間違いでしょう。これは司馬遼太郎氏もとっている態度です。昭和の軍部は日本史の中で突発的に生じた魔法の軍隊だった、と。
 これではだめです。

 昭和日本軍こそは、日本人が不比等以来培ってきた日本律令システムの集大成だったと見るべきです。
 この視点を通してのみ、戦後の日本人は「太平洋戦争の呪い」から解放されます。
 臭いものにはフタをして、自分とは関係がないとする姿勢こそが、日本軍の呪いを永遠にしています。

 その「呪い」とは何か。
 保阪氏が見事に言い当てています。

 「私があえて言いたいのは、東京大空襲での膨大な人々の死は、ほとんどいっていいほど戦時指導者の間では無視されていたという事実である。」p.296

 「国民の生命・財産を守らない政府」p.297

 これが戦後の日本人の魂の底に巣くっている日本軍の戦争の「呪い」です。
 だから、いかにスカル・アンド・ボーンズが主導するアメリカ帝国の軍隊であろうと、アメリカ軍のほうが信頼できる、となります。
 

「1万ドルを達成すると、パパブッシュ一派が売り浴びせを仕掛ける」 by ベンジャミン・フルフォード

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)13時25分10秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 律令システムの問題が解決して頭が空っぽになりました。
 そこで、久しぶりに陰謀論に類した本を読んでみたくなり、ベンジャミン・フルフォードの『仕組まれたアメリカ解体の真実』を読んでみました。2009年7月5日刊、青春出版社。

 目を通していくと、年号がずれているだけで、あとはほとんどデジャブでした。
 出てくる人たちも同じ、起きていることも同じ。
 ウーム。
 こうなると、世代交代が何で必要なのか、よくわかります。
 同じことを繰り返して飽きずにいられるには、特別の才能がいります。
 そのために自然界は「死」とか、「加齢」を用意したのでしょう。

 で、それでも我慢して読んでみると、ところどころ、なるほど、と感心するところが出てきます。
 たとえば、現在のニューヨーク・ダウの株高。
 先週から今年の最高値を更新し続けています。
 これまでなら、それにつれて日経平均も上昇するはずですが、目下、不思議な事態が起きています。ニューヨーク・ダウに連動せずに、下落しています。ある意味で、日経平均は自立性を得たのか、なんても解釈できますが、下落への自立性はやめてほしいものです。

 それはそうとして、ベンジャミン氏がニューヨーク・ダウの上昇の秘密を述べていました。先週からの上昇ではなく、7月の時点での上昇です。

 「たとえば現在起きている株価の上昇は、パパブッシュ一派の仕掛けている無謀な賭けによって生じた歪みだといっていい。
 たしかに、メディアは景気の底打ち感を発信し、それは金融危機で痛手を受けた個人投資家、機関投資家にとってやさしく響くため、そのムードはじわじわと広がっている。
 だが、現在起きている現象はFRBが刷りまくったドルの上に成り立っている、砂上の楼閣のようなものだ。・・
 金融危機によって痛手を受けたパパブッシュ一派は、この先、ダウ平均が1万ドルに達したところで一気に売り浴びせかけて損失を取り戻そうとする。その直後、株価は一気に下がり始めるであろう。」P.178

 なるほど。
 そうであるなら、もうすぐブッシュ一派は、売り浴びせを始めるでしょうか。
 昨日のニューヨーク・ダウは10437ドルでした。
 ベンジャミン仮説が実証されるには絶好の株価です。

 さて、今晩はどうなるか。
 一気に500ドルを下げるか。
 

行政刷新会議の成功の秘訣=「天下り」の意義について、官僚自身に答えさせろ

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)08時44分16秒
編集済
   おはようございます、皆さん、植田です。

 昨日から急に寒くなりました。
 11月に入って室内温度が16度ほどだったのですが、昨日は12度まで下がりました。
 ストーブが必要になる温度でした。
 いよいよ冬が来ました。

 さて、今朝のNHKの時事解説は面白かったです。
 5日の日程で行われた行政刷新会議が昨日で終了し、それを傍聴した解説委員の感想でした。
 「委員たちはよくやっていた。事前に周到な準備をしてきたことが伺われた」ということです。
 私もそう思いました。
 あれだけの分量の項目を時間を区切ってテキパキと進めていったのは見事でした。

 渡部昇一氏が紹介していましたが、その昔、イギリスで最初に英語の辞書を作った人はどうやったか。あの膨大な単語を、どうやって一人で検討できたのか。
 それを誰がやったのか、名前を忘れましたが、ドクター・ジョンソンよりもちょっと前の人だったと思います。
 で、その手法は、自分の生涯の年数を計算し、調べる単語の数を数え、一つの単語に当てられる時間を割り出し、それに従った、と。1つの単語に、決めた時間以上をかけない、と。わからなくても、そこでやめてしまう、と。
 実に賢明な手法でした。

 では行政委員会の見事な戦略はどのようにして行われたのか。
 解説委員によると、どこの部会でも「その天下りにはどのような効果があるのか」という質問が必ず出てきたとのことです。
 なるほど、です。
 その点に絞っていたわけです。
 脱官僚、です。それには、「天下り」問題にターゲットを絞れ、と。

 官僚が天下りする場合と、しない場合では、その事業にいかなる効果の違いがあるのか。それを官僚自身に答えさせろ。しかも、誰もがわかる数字を使って。
 実に見事です。

 普天間基地移設の問題では目もあてられないほどのばかばかしい事態が進んでいますが、行政刷新会議は合格です。
 

19世紀のあの時期に内乱に没頭できたラッキーな国際情勢

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)08時31分18秒
編集済
   おはようございます、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Nサイトです。

 明治政府を倒したいのであれば、自由民権者どもよ、武力でかかってこい
 

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