新着順:162/4891 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

「どうだ、日本人はおかしいだろ」。これが日本人にも理解されてきたようで、私としては、これほど喜ばしいことはありません

 投稿者:ウエダ  投稿日:2014年10月21日(火)14時00分39秒
  通報 編集済
   こんにちは、皆さん、植田です。

 きょうは、いつになく体調がいいです。
 うれしい。素直にうれしいです。
 健康とは、こういう感じだったのか!!

 で、きょうも、昭和歌謡です。
 昭和歌謡の名曲と言えば、津軽海峡冬景色でしょう。
 寺内タケシ・バージョン。http://www.youtube.com/watch?v=n-Ugos4ixy8

 で、ツイッターを拝見していると、最近は、「よくもまあ、日本の皆さんは、3.11まで、ノーテンキに暮らしていたのだなあ」、と私は思わずにはいられません。
 たとえば、このつぶやき。

 あれこれさんのツイッターから。https://twitter.com/Are_Kore04

 * 「蔦 (JAPAN,NO WAR! ) @tsuta2010     ?   10月19日

ものごころついた時にはとっくに新幹線が走っていたし、親に連れて行ってもらった羽田空港はピカピカだったし、郊外にはオシャレな建売住宅が並んでいたし、総理大臣は「先進国首脳会議」とやらに出ていたから、私はずっと自分の生まれた国が「先進国のコスプレをした後進国」だとは知らなかった。」


 いや、いつだったか、私は、今の日本は紀元前のギリシアの状況にある、と痛感したことがありました。
 1960年代、最初に新幹線に乗った頃だったか。
 日本経済の高度成長とはうらはらに私が思ったことは、「この意識をどうしてくれる!?」ということでした。

 意識の過剰、の問題です。
 今の私の用語で言うところの、自然理性と律令理性の対立の問題を、当時は、そのように感じました。
 きっと私は、意識の過剰という病気に違いない、と。

 そこで、ドストエフスキーの『地下生活者の手記』に共感しました。
 そして、ニーチェの『権力への意志』。題名と異なって、ニーチェは、非常に繊細な意識の問題をここで論じていました。

 しかし、私の意識の苦痛は、いつになっても解決しません。
 となれば、高度成長を続ける日本経済の躍進、日本国の先進国への仲間入り、などという当時の日本人の浮かれ気分など、私には縁のないものでした。

 渡部昇一氏が、日本の首相がG5だったか、ランブイエ会議に参加したことに感涙していました。
 「明治以来、やっとジスカールデスタン・フランス大統領が日本を対等と扱ってくれた」と。

 おいおい、そういうことじゃないだろう。
 日本は紀元前なんだぜよ、と私は思いました。
 どこが?

 あとでわかったのですが、そのことを森有正が「二項関係」と呼んでいました。
 なんと、私の苦痛は、意識の過剰でなくて、二項関係の中にすんなりと入っていけないことでした。

 以降、私の心境は、「なんで二項関係の中に、わざわざ入っていく必要があるのか」という疑問に変わりました。
 要するに、日本人の意識は、その構造によって、20世紀の後半になっても、紀元前なのである、と。

 その時代の苦痛の体験に比べれば、3.11などは、まだそれが「目に見える」事件だからいいです。
 しかしまあ、3.11以降、形は違えども、普通の日本人の皆さんが「ノーテンキ」でいられなくなったようで、私としては、仲間が増えてきたかな、という感じです。
 どうだ、日本人は、おかしいだろう、と。律令理性日本人は、ということですが。
 
》記事一覧表示

新着順:162/4891 《前のページ | 次のページ》
/4891