投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

新着順:66/150 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

アダム・スミスの動詞論/「てにをは」廃止論

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)10時27分0秒
  通報 編集済
   こんにちは、皆さん、植田です。

 人間が言語を立ち上げた時、最初に見つけた単語は、名詞か、動詞か、形容詞か、前置詞か。
 アダム・スミスがこの問題を「最初の言語の立ち上げ」という論文で論じています。
 「CONSIDERATIONS concerning FIRST FORMATION OF LANGUAGES,&c.」

 アダム・スミスとは、もちろん『国富論』の著者です。
 スミスには主著と見なされるものが2冊あり、『国富論』と、その前に書かれた『モラル・センチメンツの理論』がそれですが、後者の末尾に言語論がついています。
 これが大変面白い内容です。

 スミスの言語論は当然英語をベースにしているので、前置詞の考察などは、私たち日本語人には、なんのこっちゃ、となります。日本語には、そんなものはないぞ、と。
 そこで日本人の場合は、日本語と英語の相異は何か、という問題となるわけですが、スミスにはこの問題はなく、もっとストレートです。
 人間が最初に言語を立ち上げた時、その品詞は何だったのか、です。名詞か、動詞か、そうでなければ何か。感嘆詞か。

 スミスは名詞から考察を始めました。
 原始人は、いかにして単語を発見したか。
 例語に、洞窟(cave)、木(tree)、泉(fountain)が出てきます。どれも生活に必要なものばかりです。
 原始人たちは、互いに最も必要なものに対して、意志の疎通から、共通の名をつけることを始めたのだろう、という具合です。

 前置詞の考察は、日本語にないものだけに、非常に興味深いです。
 これは具体的なものの名前ではないので、高度に抽象的な思考を要した、などとスミスが述べています。要点は、前置詞とは、関係を表す語である、ということです。
 だから、前置詞が発達するには、モノとモノの関係を一挙に感知し、それを言語化する必要があった、と説きます。
 前置詞とは、ご存じのとおり、above,below,of,to,for,with,byなどのことです。

 「A preposition denotes a relation, and nothing but a relation.」
 前置詞は関係を指し示す、そして関係しか示さない。

 「The invention of such a word,therefore,must have required a considerable degree of abstraction.」
 前置詞のような単語の発明は、かなり高度な抽象力によって得られたに違いない。

 こんな具合に、「数」(単数、複数)とか、「性」について考察を進めながら、動詞になります。
 スミスによれば、言語の根源語は、動詞です。

 原始人が生活の中で、最も必要としたもの。
 それは、たとえば「来た」だった、と。

 ライオンが来た、と。
 そして、「来た」という動詞の中には、ライオンが含意されていただろう、と。
 このように誕生した動詞は、最初は非人称の動詞だったのであり、そのあとで次第に人称と関係する動詞が誕生し、変化していった、と。

 以上のスミスの言語論は、今では岩波文庫から出ています。

 そこで私たちの関心は、日本語の場合は、このような自国語への文法的な関心はいつ始まったのか、です。
 文法的な関心とは、その時点で、日本人が自分の思考様式を客観的に研究を始めた、ということです。

 で、「てにをは」について、面白い本を書いた人がいたことが分かりました。
 明治時代の人です。

 http://www.hiroike-chikuro.jp/book/16/top.htm

 「 明治38年(1905)39歳
 明治39年(1906)40歳

 本書の緒言に、「予は東洋法制史の研究を以って、専門学としておるもので、文法の事や、教育実務の事は専門ではないのですが、しかし、十幾年間、法制史大成の準備として、研究した東方諸国の言語、文字、音韻、文法のことにつきては、一通りこれをまとめて、その道の学者に問うて見たいと考えて、さきに、支那文典を著わしましたが、同時に、日本文法の改造を思い立って、すなわちこの『てにをは廃止論』を草したのです。」とある。千九郎の主張があまりにも異色であり、又、日本語、英語、中国語などの諸言語に通じている学者が少なかったため、学問上の業績としては十分に評価されなかった。当時にあっては奇異の感があったが、現在では各国語の間で品詞の呼び方はおおむね統一の方向に向かっているなど、言語研究は千九郎が主張した方向に進んでいる。この文法研究は、異なる言語に一貫する文法の研究であり、各文化における普遍的法則の研究の一端であることに注目すべきである。本文320頁。
翌年、『日本文法てにをはの研究』と改題の上、再出版された。」

 明治時代に、日本語を普遍文法の中で考察しようと試みた人がいたというのは、興味深いです。
 できることなら、この本を読んでみたいです。
 
》記事一覧表示

新着順:66/150 《前のページ | 次のページ》
/150