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技術の無限の進歩と、資本主義の無限の競争の関係

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月24日(火)13時59分54秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 科学の知とは何か、哲学の知とは何か、などと問いを立てると、非常に抽象的になり、毎日の生活とは関係のない、絵空事の問題のように見えますが、これを具体的にすると、これらの問いが非常に重要なことがよくわかります。

 ロケットが大気圏を超えて宇宙空間に進出するには、物理学の知識が必要でした。
 では、その知と、知識はいかにして生じたか。
 偶然に発見されたのか。
 たとえばニュートンの万有引力は、偶然に、ニュートンの頭の中に浮かんだのか。
 同様に、医学の知識、化学の知識、その他、自然科学の知識はすべてそうです。

 では、その知はいかなるものか。
 ガダマーが一般化して言います。

 「初期条件と最終結果との間の抽象化された相関が、捉えやすく算定可能なものになって、そのために、新たな初期条件を定立することによって結果が予見可能なものになった時に、実際、このように理解された学問(=科学)によって、技術の時がもたらされたのである。
 古くは、職人の手になる技術的制作物、自然のうちに与えられている手本に結びついていたが、こうした古い結びつきが、技術時代の到来によって、構成の理想に、つまり、〈理念に従って人工的に造られた自然〉という理想に転換されたのである。
 これが、結局のところ、我々の生きている現代という文明形態をもたらしたものなのである。力学という学問概念のうちに含まれていた構成の理想は、われわれの機械的本質や自然の改造や宇宙空間への進出をわれわれに可能にするほどの、途方もなく拡張された力をもつようになってきた。」『科学の時代における理性』p.50

 現代文明を技術力の時代と規定すれば、この時代が可能になったのは、人々の思考がある一定の形になることによって、でした。
 で、ガダマーが参照するハイデッガーによると、その思考の形はいかなるものであるか、を科学の知は問うことができない、ということです。科学は、すでにつくられた科学の知の軌道を進むだけであり、自省しない知である、と。
 そこがハイデッガーの説く哲学の知と科学の知の違いの核心です。

 ハイデッガーはそこを的確に指摘しましたが、では、ガダマーの言う「知の統一」という任務という問題になると、解決はまだハイデッガー哲学の先にあった、という状況です。

 私が解明してみたいと思っているのは、自然科学者が心理的に強圧を受けている「進歩」と、資本主義の経済活動が要請する「無限の競争」には、強い関連があるだろう、というものです。
 これがあるので、産業の拡大・生産の増大が自然環境を悪化させることが今や誰にもわかっていても、それでいて誰にもストップさせることができない、と。

 ここを日本の鳩山・民社党政権は、心理学・学問の問題としてではなく、政治の力によって、強圧的にストップさせようとしています。
 興味深い政策ではあります。

 しかし、そのせいでしょうか、ニューヨーク・ダウは年初来最高値を更新中というのに、日経平均は下落しています。
 そんなことは日本だけがやってくれ、とばかりに。
 

『科学の時代における理性』 by ガダマー

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月24日(火)12時02分4秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 律令理性の問題が、原理的なところですっかり終わったので、次は何にするか、と思案しているところですが、ガダマーが面白いです。
 ハイデッガーの教えを受けたドイツ人の20世紀の哲学者ですが、私がこの人の本を読み始めたのは、京大の院の試験を受ける時からでした。それまではハイデッガー以後の哲学者にはまったく関心がありませんでした。

 で、ガダマーです。
 『哲学のはじまり』とか、『科学の時代における理性』を読んだのですが、これがまあ面白いこと!!
 いや、まったく食わず嫌いだったなあ、と大いに反省するところです。

 『哲学の始まり』にこういう文章が出てきます。

 「私はよく憶えているのですが、私がまだたいへん若かったとき、ハイデッガーはマールブルグで、最初に人間が頭を上げて問いかける瞬間について語ったことがありました。何者かが人間の悟性を活動させ始める瞬間についてです。それはいつであったのか。そのことについて私たちの間では大きな討論が生まれました。頭を上げた最初の人間は誰であったのでしょう。」『哲学のはじまり』法政大学出版局P.10

 これは大変興味深い問いです。
 要するに、哲学のはじめ、の問題です。
 もちろん、それは古代ギリシアで始まったわけですが、いかにして始まったか、という点が疑問の焦点です。

 日本人の思想史には、残念ながらこういう問いはありませんでした。
 日本人の場合は、とにかく、「はじめに日本書記、ありき」でした。
 しかし、こういう状況も今は昔となりました。
 私たちは、今では(ペリー・ショック以降)、ハイデッガーやガダマーの討論の輪の中に入っています。

 で、21世紀に入った私たちですが、私たちが直面する問題は何か。
 これをガダマーが次のように述べていました、

 「あるがままの科学の知と、人間文化の偉大な歴史的伝承からわれわれに押し寄せてくる、人間に関する一切の知とを、われわれの実践的意識のうちに移し代えるという課題が、相変わらず存続していないだろうか。私はここに、真正な統合という課題を、つまり、人間の自己自身との新たな自己合意を切り開くために、科学と人間の自分自身についての知とを一つに結びつけるという課題を見るのである。」『科学の時代における理性』法政大学出版局P.117

 ガダマーの1970年代の言葉です。
 要するに、哲学と科学はいかなる関係にあるか、という問題です。
 ガダマーの答えは、というか、哲学者としての任務は、なんとかして二つの知を一つに統一する必要がある、というものです。

 面白いのは、科学の知と哲学の知の分裂が誰にも認知されるようになったのはヘーゲルの死後からであり、20世紀はそれが現実になった世紀である、という指摘です。というわけでガダマーにとってヘーゲルは最後の知の統一者でした。

 さて、ガダマーの指摘はまったく正しいと私は思います。
 そこで私もその挑戦に立ちあがろうと思います。
 というか、私たちの言葉では、これは、要は、「イギリス経験論をブレークする」という問題ですが、今は、ガダマーの文脈を見てみます。

 そうすると、私たちにさしあたって要求されるのは、
 哲学の知とは何か、
 科学の知とは何か、
 これを明確にすることです。

 ガダマーがその輪郭とエッセンスを論じています。
 内容に入るのはまたにして、興味が持てる疑問があるということは、素晴らしいことだとつくづく思います。
 

江田けんじ・衆院議員の大活躍、続き

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月24日(火)10時11分34秒
編集済
  おはようございます、皆さん、植田です。

 普天間基地はもともとアメリカのものだった、ということでした。
 私は、まったくこうしたことに疎かったので、そうだったのか、という感じです。

 佐藤首相の時代に、ニクソン大統領が沖縄を返還しましたが、普天間はそこに入っていなかったわけですね。
 で、江田憲司・衆院議員の大活躍の続きです。

 「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 2.今週の直言「パンドラの箱を開けた(中)
      ・・・フテンマを日米首脳会談で提起」  by 江田けんじ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 96年1月に発足した橋本政権は、前村山政権から困難な課題を二つ、
引き継いでいた。一つは「住専問題」、そして、もう一つが、この「沖縄
問題」だった。95年秋に起こった海兵隊員による少女暴行事件。それに
端を発する沖縄県民の怒り、基地負担軽減、海兵隊の削減等を要求する声
は頂点に達していた。

 こうした声を受けて、橋本首相は、政権発足早々から、一人、この沖縄
問題を真剣に考えていたのである。元々橋本氏は、政治家として昔から沖
縄との接点が多い方だったが、夜、公邸に帰ってからも関係書物や資料を
読みふけったり、専門家の意見を聞き、思い悩んでいた。

 そんな時、旧知の諸井虔氏(元日経連副会長・秩父セメント会長)から
私に、「知事を囲む沖縄懇話会というのをやっている。大田氏とは知事に
出る時以来の付き合いだから本音の話もできる。知事からも官僚ルートを
通さず総理に本音を伝えたいとの希望がある」との話があり、早速、この
ルートで知事の意向を確かめたところ、「普天間基地の返還を首脳会談で
の総理の口の端にのせてほしい。そうすれば県民感情は相当やわらぐ」と
のことだった。それからは、この大田→諸井→江田→総理というラインが
できたのである。

 しかし、外務、防衛当局、殊に田中均北米局審議官をはじめ外務官僚は、
いつもの「事なかれ主義」で、まったく取り合おうとはしなかった。普天
間のような戦略的に要衝の地を米軍が返すはずがない、そんなことを政権
発足後の初の首脳会談で提起するだけで同盟関係を損なう、という考えだっ
た。あたかも、安全保障の何たるかも知らない総理という烙印を押され馬
鹿にされますよ、と言わんばかりの対応だった。したがって、2月24日
のサンタモニカでのクリントン大統領との首脳会談での事前の発言要領に
は、「普天間」という言葉はなかったのである。

 この点、最近、この普天間基地の返還がホットイシューになって、「普
天間返還の仕掛け人」と田中均氏を持ち上げるマスコミもあるが、とんで
もないことがおわかりいただけるだろう。

 ただ、橋本総理も、この外務当局の対応を踏まえ、ギリギリまで悩まれ
た。首脳会談の直前まで決断はしていなかったと思う。しかし、クリント
ン大統領と会談をしているうちに、米国側の沖縄に対する温かい発言もあっ
て、総理はその場で「普天間基地の返還」を切り出したのである。

 絶対返すはずがないと言われていた普天間基地全面返還合意を、96年
4月に実現できたのは、すぐれて、この総理のリーダーシップと沖縄に対
する真摯な態度、それを背景として、事務方の反対を押し切って「フテン
マ」という言葉を出したことだ。会談後、私から「総理、フテンマという
聞き慣れない四文字をクリントン大統領の耳に残しただけで、この首脳会
談は成功ですよ」と言ったことを今でも覚えている。

 この会談を機に、クリントン大統領も真摯な対応をされ、その三日後に
ペリー国防長官に検討を指示した。ペリー氏(あの黒船のペリーの子孫)
も沖縄への赴任経験から沖縄県民の苦渋、思い、実情を十分理解し、軍と
の調整等大変な努力をされた。副大統領経験者の大物・モンデール駐日大
使(当時)も含め、日米の首脳レベルの連携プレイが見事にワークした事
例だったのである。この交渉が極めて異例な首相主導であったことは、担
当の外務大臣、防衛庁長官にすら、交渉そのものが知らされていなかった
ことに象徴されている。

 96年4月12日、官邸での記者会見で「返還合意」を発表したあと、
夜、公邸に戻り、思わず総理と抱き合い喜びあったことを今でも覚えてい
る。その時は大田沖縄県知事も「総理の非常な決意で実現していただいだ。
全面協力する」との声明を出したのである(次週に続く)。」
http://www.eda-k.ne


 というわけで、吉田茂がつくった戦後日本の安全保障体制の中での、一つの出来事でした。
 この問題では、私は、日本人が自分で自国を守るという決意をするまでは、あまり関心が持てません。

 しかし、自分で自国の安全保障問題を行うとなると、考えることがどっさり出てきます。
 中国の脅威はどの程度のものか。
 北も、南も、その脅威はどの程度のものか。朝鮮半島です。
 台湾はどうか。
 東南アジア諸国はどうか。

 政治体制はどうか。
 経済規模はどうか。
 将来、日本にとって、いかなる理由があれば、それらの国から脅威が生じるか。
 等々。
 検討・調査すべきことはどっさりとあります。
 今は、それらを全部アメリカに丸投げしています。
 その代わりに、アメリカ軍の訓練場所を日本国内のどこに確保しようか、という問題が、現在の日本国の安全保障問題です。

 もちろん、外交政策は鳩山首相が言う「友愛」で行くとして、その一方で、いつ、なんどき、どこかの国が集団発狂してもいいように、自然科学的に、物理的な脅威に対しては、用心しておく必要があります。

 ま、そんなことを考えずに、経済問題に集中できた戦後の日本人は幸せだった、と言うべきでしょう。
 

鳩山首相に指導力があるかどうか

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)22時11分55秒
編集済
  こんばんは、皆さん、植田です。

 夕方のニュースで鳩山首相の人気アンケートをやっていました。
 人柄は今も支持率(人気)が高い。
 一方、首相としての指導力は低い、という結果が出ていました。

 しかし、私としては、「普天間基地を最終的に判断するのは私だ」と鳩山首相が何度も明言しているのだから、それまで待ってやったらどうかと思います。
 今の時点で首相に指導力があるかどうか、なんてことは、まったく早すぎます。日本人はなんでそんなに気が短いのでしょうか。

 普天間基地問題に関して、私に不思議なのは、誰もこの問題の本質の疑問を出してこないことです。先週のNHKの日曜討論で誰かがちょこっと触れていましたが、この問題の本質は、日本を守るのは誰か、ということだ、ということです。アメリカ軍ではないだろう、と。
 日本人がこの問題を放棄しているので、その結果として、派生的にアメリカ駐留軍の維持経費問題になっているだけのことです。あるいは、飛行機の訓練場所の確保問題、と。

 となると、なぜ戦後の日本人は自分で自国を守ることを放棄してしまったのか、という問題になります。
 で、私は、たった60数年の戦後の日々では、昭和日本軍の思い出を清算するには短すぎる、と思っています。だから、アメリカ軍に頼る方が安全である、と。

 2.26事件では、この問題を解決したのは昭和天皇でした。
 この一事を取って見ても、もし今日本軍が再建されたとして、戦前のように軍が政府に対して武力攻撃に出たら、いったい誰が軍の行為をストップできるのか、という問題がたちどころに出てきます。
 憲法9条問題とは、日本軍は自国の政府に銃を向けたことがあることです。事実として。
 だから、その場合、誰が軍を管理できるのか。

 一方、天皇がいないアメリカでは、なぜ軍は大統領の管理下にいられるのか、という疑問が出てきます。

 答えは、軍は誰のものか、です。
 戦前の日本軍は天皇のものでした。

 戦後は、ここが不明です。
 不明でいる限り、軍の存在を憲法で公認できないでしょう。
 日本軍の再建問題を考えるよりも、アメリカ軍の駐留経費や移設問題を考えるほうがまだまし、というのが日本国の現状です。

 日本人は、あと半世紀は日本軍を公認しないでしょう。
 それだけ昭和日本軍はネガティブな印象を日本人に残しました。
 

天皇の「現人神」と、キリストの「現人神」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)15時57分20秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 本日の新井信介氏のホームページに実に興味深いが話題が出ています。
 それを拝見して、私には、年来の大問題が一つ、解決しました。
 新井氏の見解とは異なりますが、私が自分なりにずっと考えてきた問題です。
 さっそく、その問題に行きます。
 全文も面白いですが、今は、そこからここだけです。

  「天皇(の概念) とは、
     実在神アマテラスの肉体を引き継いだ、直系子孫で、
     天皇霊アマテラス を受肉化した、 神 そのもの  でした。

  これは、 AD325年に、コンスタンツ公会議で、決めた、
     イエスは人間として実在した人で、
    しかも、キリスト霊 を受肉化した、 神 そのもの。
   と、まったく同じ発想、同じロジックです。」
 http://midorinonet.com/purplejade/


 天皇を現人神と考える場合、キリストもまた現人神とみなす考えがあることから、両者は同じである、という指摘です。
 問題は、さて、それは本当のことか、です。
 同様の問題を小室直樹氏も『天皇の原理』で論じています。

 やっと私の頭にひらめいた天皇が「現人神」という場合と、キリストが「現人神」という場合の違いです。
 この問題の核心は、神を何と考えるか、です。

 日本語では今ではキリスト教の神も、神道の神も、同じ「神」という言葉で表記しているために、言葉だけをみれば、簡単に「同一視」できます。
 しかし、日本史の戦国時代に日本人にキリスト教を布教に来たカトリック宣教師たちは、すでにその違いを認識していました。
 彼らは、日本語の中には聖書に出てくる「神」に相当する概念がないことを知り、それまで「大日」とか、「天主」などの言葉を使っていたのをやめて、「デウス」を使うことにしました。

 それよりも肝心な点は、日本人の神は、祖先崇拝から来ている、という点です。
 天皇が誕生するにあたっての日本書記に出てくる神話の系図については、すでに紹介しました。
 先月24日のこの掲示板での書き込みです。「神はいかにして人となったか」。
 http://www.uedam.com/kako910.html
 このサイトのその日付のところをご覧になってください。新京都学派の一人、上山春平氏の解説を紹介しておきました。

 「 さて、上山氏が言います、

 「記紀神代巻のライトモチーフが、〈万世一系〉の哲学を説くにあたり、そのためには何よりも、天皇における神の化身の秘密を説き示す必要があった、・・。この場合、神とは、天上の最高神としてのアマテラス大神であり、この神が、どのような経路を経過をへて天上の最高神として君臨する至ったか、また、どのような経過を経て地上の天皇に化肉するに至ったのか、ということが、記紀神代巻の中心テーマとなっている。そして、その神話風のストーリーのクライマックスが、〈天孫降臨〉の物語なのであった。・・
 天孫降臨の神話は、天上の最高神としてのアマテラス大神がいかにして地上の天皇に化肉したのかという、まさに〈万世一系の哲学〉の核心をなす問題点にふれながら、日本律令制における無責任君主制の成立について物語っているということになろう。」『続・神々の体系』P.100

この受肉、あるいは化肉は系譜によって示されます。

 「アマテラスは女神であり、夫にあたる神は存在しないわけですから、常識的に考えれば子孫がないはずなのですが、記紀神代巻では、アマテラスとスサノヲの〈誓約〉によって生まれたアメノオシホミミをアマテラスの嫡子とみなし、アメノオシホミミの子のニニギをアマテラスの嫡孫とみなしています。」『埋もれた虚像』岩波書店184

 アマテラス→アメノオシホミミ→ニニギ→ヒコホホデミ→ウガヤフキアエズ→イワレヒコ(神武天皇)。

 こうして日本版の「神はいかにして人となったか」が完成します。経路です。
 動機は、日本国の統治です。」

 この系図を意味あるものにするのは、日本人の祖先崇拝の信仰です。
 日本人の「神」観では、人は死ぬと神になる、というものでした。
 これを逆にすれば、つまり、血統のつながりのある世代の連続上で死者と生者を逆転すれば、死者の霊は、生者となって生き神となる、です。生き神=現人神、です。
 これが日本の天皇を「現人神」と見なす場合の意味です。

 では、キリストを現人神という場合はどうか。
 皆さんもご存じのように、キリストは古代ユダヤ民族の血統の中から誕生しました。
 そこで問題となるのは、古代ヘブライ人の信じた神は何か、です。日本人のように祖先崇拝の信仰を持つ民族だったのか。

 というと、エホバが彼らの信じる神でした。
 このエホバ神の大きな特徴の一つは、人間の感覚器官には現れないことです。
 その意味で、超越神と言われます。
 だから、モーゼがエホバから受け取ったと言われる「十戒」の二番目に来るのが、「汝(なんじ)、神の像を刻んではならない」という戒めです。
 このような超越神を信じていたのがキリスト以前の古代ユダヤ民族でした。

 その民族の中からイエス・キリストが誕生しました。
 この存在は、「現人神」と言われるようになります。
 では、そのことの意味は何か。

 古代ユダヤ人の神観ではあり得ない事態です。
 エホバは人体としては一度も出現しませんでした。
 キリストは、人間の姿をしていました。いや、人間そのものでした。
 ここから、大問題が発生します。
 キリストとは何か。人か、クリエーターか。
 さらにここに聖霊が加わって、キリスト教徒の中に「三位一体」なる考えが生まれます。 三位とは、「父と子と聖霊」のことです。
 キリストは人であり、同時にクリエーターであり、同時に聖霊なのか。

 「三位一体」の真相のことは置くとして、今は、天皇が現人神と言われる場合の現人神の意味と、キリストのそれとの違いです。
 以上のように見ると、ポイントは、キリストを「現人神」と見なす場合の問題は、エホバが超越神だったとして、エホバを生み出した民族の中から、なぜ、キリストが出てきたか、です。
 もっとも、旧約聖書的には順番が逆です。古代ユダヤ人がエホバを生み出したのではなく、つまり、唯物論的に発想すれば、エホバは古代ユダヤ人の頭から生まれたものである、ということになりますが、そうではなく、旧約聖書的には、エホバがユダヤ民族を作り出した、となっています。

 キリストを現人神という場合の、理解の困難性は、そこにあります。
 天皇の場合は、その正体は祖霊です。
 エホバは古代ユダヤ民族の祖霊ではない、というところが、天皇とキリストを同じ「現人神」で一つのものにする場合の、大問題です。

 西洋文明を形成した一つの思想的土台が、その、感覚では知覚できない存在を神として受け入れた点にあります。
 律令理性には「つまづきの石」です。
 つまり、エホバとは、精神の目でしか見ることができない神です。

 新井氏は私とは別の文脈でこの問題を論じていますが、以上にように私には年来の疑問点が解決できるヒントになりました。
 感謝します。
 

内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)11時44分41秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 タケセン氏の話題の続きです。
 ルソーのところからです。

 「≪秩序は人々を縛るものではなく、なぜ権利なのだろう》。そんな武田の問いかけから、〈社会契約〉〈一般意思〉などのキーワードを読み解いていく。高校2年の女子生徒が質問する。『日本は契約社会ではないから、ルソーの考えは私たちの社会に当てはまらない。そんな話を聞いたことがあるけど・・』
 武田が応答する。ルソーが記述した〈合意〉=〈契約〉は人民主権を保障する概念。商行為を含む個々の契約を成立させる土台となる根本のルールなのだと。生徒は、『契約といっても意味の次元が違うんだね』とうなづいた。1コマ3時間余りの授業は、こうした問答を重ねて進む。
 午後8時すぎからは、地域の大人が集う。〈内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か〉。政権交代後の論点などを話題とし、議論は徐々に盛り上がる。
 この塾には多様な人々が集い、去っていく。小学生とその保護者、地方議員、自治体の長、上場企業役員・・。タケセンと議論を戦わせ、時に反発して、またそれぞれの持ち場へと戻る。」日経新聞2009.11.22

 ルソーの契約論、一般意志論は、律令理性にとっては躓きの石です。
 というか、律令理性にとっては、まだ暗い夜明け前の時刻にあって、ゆっくりと明るい光が射してくる瞬間の光景です。
 政権交代があった直後に、この話題を取り上げたのはタケセン氏のセンスの良さでしょう。今の日本利政治状況にあって、律令理性が最も必要としているのが、この一般意志の問題です。

 なぜか。
 記事の後半にこうあります。

 「33年間、市井の哲学者として地域に根ざし、市民との対話に徹してきたタケセンが今年10月、請われて非常勤の国家公務員となった。参院行政監視委員会の客員調査員に任免され、月2回、国会に所属する官僚に哲学の講義を始めたのだ。
 行政監視委はキャリア官僚の不祥事などを契機に発足した委員会。依頼された講義内容は、〈日本国憲法の哲学的土台を明らかにする〉。参院行政監視委調査室の首席調査員、荒井達夫は、『公務員倫理やキャリアシステムの問題点の本質を≪武田哲学》の視点で明らかにして欲しい』と期待する。
 薬害問題や官製談合は、市民の常の上に成り立つ〈公共〉と、国家が担う〈公〉との齟齬がもたらした病理だと武田は言う。公共哲学をめぐり官僚とタケセンとの対話が始まった。」前掲

 こんな具合に、政権交代後の今、哲学を最も必要としているのが官僚です。
 戦後の日本国憲法下にあって、官僚の立場はいかなるものか。
 これが不明になってきたわけです。

 私たちの律令理性論から見れば、簡単な問題ですが、現状ではちょっと過激すぎるでしょう。
 しかし、政治家主導が定着すれば、やがて、過激な思想が当たり前になり、常識になっていきます。

 で、やがて常識になっていく問いがこれです。
 引用文中にあった問いです。

 〈内閣法制局の国会答弁を制限し、憲法解釈を政治家に委ねることは是か非か〉。

 これは実に簡単な疑問です。
 国会とはいかなる機関か、です。
 そして国会と司法の関係はいかなるものか。
 律令システムの場合と、デモクラシーの場合では、これらの関係がガラッと変わります。

 そこで、律令理性論を用いないで、ここをどうやって解明するか。
 私には興味しんしんですが、記事にあるように、たとえばルソーの「社会契約論」を参照する、ということになるでしょう。
 しかし、そうすると、女子高生が疑問を発したように、こうなります、

 『日本は契約社会ではないから、ルソーの考えは私たちの社会に当てはまらない。そんな話を聞いたことがあるけど・・』

 さて、ここを商法とか、ビジネスの契約の話で、たとえ話的に説明することは一時的には納得を得られますが、アメリカ占領軍が導入した「国民主権」ほどの過激さに到達できるかどうか。
 ここに到達しないと、戦後日本人のアメリカ従属状態を脱することができません。
 

タケセン氏の古代のアテネで行われたかのような哲学塾

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月23日(月)10時23分19秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 別に休憩をするつもりはなかったのに、頭が思考停止してしまいました。気がついてみたら、もう週が変わっていました。

 なんで完全に思考が停止してしまったのか、と考えたのですが、今年は、大変高い山を登ったので、反動が出てきたのだろう、と解釈することにしました。
 自分の意欲とは別のところで、エネルギーの貯水池が涸渇状態になったかのような感じでした。
 何を考える気も起らず、何を読む気も起らないので、近年の日本文化の最大の海外セールス戦略であるアニメを見ることにしました。
 「スラムダンク」と「アイシールド21」と「テニスの王子様」。
 ユーチューブで見ても、ドイツ語、英語、フランス語、ポルトガル語、中国語、韓国語版などで流れています。
 見始めるとすっかりはまります。

 で、枯渇していた貯水池にエネルギーが次第にたまってきたように感じられます。
 それで、とりあえず、話題を一つ。

 昨日の日経新聞に武田康弘氏の記事が出ています。
 私はまったく知らない人ですが、どうやらマチの哲学者のようです。ということは、大学で哲学の講座を持っているのではなく、普通の人たちを相手に哲学を何年も講じてきたとのことです。

 「千葉県我孫子市にある私塾〈白樺教育館〉。10人ほどで満席になる教室に土曜の午後、制服姿の少女らがやってきた。主に高校生、大学生を対象にした哲学教室。秋期の教材は、ルソーの『社会契約論』の初稿、『ジュネーブ草稿』(光文社文庫)だ。
 話者は〈タケセン〉の愛称で親しまれる塾長、武田康弘(たけだやすひろ、57)。大学の哲学科を卒業、1976年にこの地で〈いささか反時代的な塾〉を立ち上げた。団塊の世代にジュニアが生まれ始め、大手進学塾が有名校への合格実績を競って規模拡大を始めたころ。木造賃貸しアパートの一室で、公式などの暗記ではなく〈意味の了解〉を理想とした小さな塾が産声を上げた。
 教室には今、小学生から70歳代の地域住民が通う。小、中学生には授業の進度に合わせた教科の学習。高校生以上のクラスでは、〈自由な対話による広い意味での哲学〉を学び合う。」日経新聞2009.11.22

 ベリー・グッド。
 こういう人がいました。

 では、タケセン氏の哲学はどういうものか。

 「サルトル、メルロ・ポンティなどを邦訳した哲学者の竹内芳郎らと交流、対話を重ね、武田がたどり着いたのは〈生活世界からの哲学〉。自分が体験したことを思い出し、どう感じたかを意識して自由に意見を述べる。『その営みを励まし、根拠づけるものが哲学』と信じている。
 教室で、タケセンがジュネーブ草稿の一節を朗読する。≪社会秩序とは神聖なる権利であり、これが他のすべての権利の土台となるのである。しかし、この権利は自然に生まれるものではない。合意を基礎として生まれたものなのだ≫。ルソーが後に刊行した社会契約論の核となる記述だ。」前掲

 この記事は面白いです。
 全文を紹介したいくらいですが、とりあえずこのくらいで。

 こんな具合に、普通の人たちが正式なアカデミズムや教育組織の中ではなく、自発的な集まりによって哲学を論じることは実に興味深いです。
 で、私には一つの先入観があります。
 律令理性人たちがこのような集まりを持つ時、必ず直面するのが、というか、どうしても避けて通れない問題が一つある、と。
 それは、自発性とは何か、という問題です。

 律令理性には、自発性の発揮はタブーです。
 タブーであるので、それを思考することもできません。

 それにもかかわらず、律令理性人も「人間」なので、どうしても好奇心をもっています。
 ちなみに、『江戸時代の教育』を書いたイギリス人のドナルド・ドーアは、江戸時代の日本語には英語のcuriosityに相当する単語がなかった、と指摘しています。
 日本人の教育は、イギリス人にとっては当たり前である「好奇心」から始まるものではなかった、と。
 ジョン・ロックの『教育論』はこの好奇心を学問のスタートに置いています。

 さて、タケセン氏はこの問題をどう処理するか。
 

律令システムでは、軍は必ず民を支配しなくてはならないことを要請される

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)15時59分21秒
   こんにちは、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Nサイトです。

律令システムが日本人をして憲法9条にしがみつかせる
 

まず、陸軍は国内の反乱軍を鎮圧するために登場した=西南戦争

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)15時27分17秒
  こんにちは、皆さん、植田です。

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昭和日本軍は、なぜ律令システムの集大成か
 

昭和日本軍の「呪い」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月18日(水)14時49分28秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 戦後日本人が自国の安全保障を他国であるアメリカに依存していることの大きな理由は、日本人が自国の軍部に対する不安を払拭しきれないからだ、と私は思っていますが、保阪正康氏の『東京が震えた日 2.26事件と東京大空襲』に私が言いたいと思っていたことの事例が出ていました。実に適切な事例です。

 「あの太平洋戦争は3年9か月つづいたが、そのうちの2年余は軍事上の戦闘であったと、私は認める。しかし、残りの1年余はそれは軍事上の戦いではなく、私たちの国の歴史や文化との戦いだったと思う。客観的、相対的に現実を見るのではなく、自分たちの思い込みや偏見、独断だけで現実と対応していて、〈戦争とは負けと思ったときが負け〉とか〈皇国3000年の歴史で不敗の皇軍〉といったカタルシスに満ちた言葉を口にして戦争を戦っていたのである。
 このような態度は、この国の歴史や文化や伝統と似て非なるものだということを、私たちは知っておかなければならない。現実の過酷さや人間の感情を無視してひたすら〈本土決戦・一億総特攻〉を呼号した軍部司令部は、バランス感覚を失ってなんのために戦っているのかさえわからなくなっていたと、私には思えるのだ。」毎日新聞社2008p.294

 その指摘はグッドです。
 まさに戦闘が終わってから、ひたすら空爆に耐えているだけの日本人の戦争とは何か。
 戦争ではなく、自ら呼び込んだ日本アウシュビッツ列島です。

 で、その点の保阪氏の指摘はグッドですが、その当時の軍部をあたかも盲腸のように見なす視点は間違いでしょう。これは司馬遼太郎氏もとっている態度です。昭和の軍部は日本史の中で突発的に生じた魔法の軍隊だった、と。
 これではだめです。

 昭和日本軍こそは、日本人が不比等以来培ってきた日本律令システムの集大成だったと見るべきです。
 この視点を通してのみ、戦後の日本人は「太平洋戦争の呪い」から解放されます。
 臭いものにはフタをして、自分とは関係がないとする姿勢こそが、日本軍の呪いを永遠にしています。

 その「呪い」とは何か。
 保阪氏が見事に言い当てています。

 「私があえて言いたいのは、東京大空襲での膨大な人々の死は、ほとんどいっていいほど戦時指導者の間では無視されていたという事実である。」p.296

 「国民の生命・財産を守らない政府」p.297

 これが戦後の日本人の魂の底に巣くっている日本軍の戦争の「呪い」です。
 だから、いかにスカル・アンド・ボーンズが主導するアメリカ帝国の軍隊であろうと、アメリカ軍のほうが信頼できる、となります。
 

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