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行政刷新会議のネット中継

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月13日(金)13時18分10秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 行政刷新会議のネット中継のサイトです。
 時間のある方は、御覧なるといいでしょう。

 かって猪瀬氏が単身で、あるいは道路委員会などで、官僚と予算の数字をめぐってやりやったゲリラ戦が、今では民主党正規軍と官僚軍の全面戦争になっています。
 日本史の画期的な事態です。
 といっても、やっと戦後日本が名目上のデモクラシーから実質的なデモクラシーに変貌したまでです。

 ただいま、どこも休憩に入っています。
 http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/live.html

 今年の時点では、すでに官僚が作成した予算案の無駄をカットするという戦争ですが、来年からは、政治家が最初から予算案を作成していく、という具合に変わるでしょう。
 なんで自民党はさっさとこれをしなかったのでしょうね。1955年から今までたっぷりと時間があったのに。
 やはり、国民主権という思想を真面目に受け止めてこなかったのでしょう。
 

普天間移設のいきさつ、やはりアメリカ側から伝わる

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月13日(金)10時31分8秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 普天間基地の移設問題の詳細、というか、だいたいのいきさつの情報は、絶対に日本側からではなく、アメリカ側から出てくるだろう、と私は予想していたのですが、案の定、そうなりました。
 ローレス元国防副次官のインタビューが本日の日経新聞に出ています。
 移設計画を練った当事者です。

 しかし、なんで日本側からは出てこないのか不思議ですが、私は2つ、その理由を考えました。
 1 官僚はそもそも民を蔑視しているので、国民を信用していない。
 戦後世代であれば、学校時代に机を並べた仲であるのに、省庁の中に入ってしまうと、明治以来の組織の伝統の力に巻き込まれてしまうのでしょう。官は民に超然としている、と。
 要するに、戦後世代の官僚にして、不比等戦略に負けているわけです。
 学校秀才の優秀な知力が不比等戦略に屈しているわけです。
 学校秀才の知とは何ぞや? です。

 2 太田述正氏の『防衛庁再生宣言』にありますが、自衛隊は日本国民を敵と見なしているということです。なぜなら、憲法9条により、戦後の日本にあっては軍隊もどきの自衛隊は国民から違法な存在であると見なされているため、と。
 国民が自衛隊を違法の存在と考えるなら、自衛隊のほうとしても、組織を守るためには、国民を敵と見なすしかないではないか。

 というわけで、このような理由から、日本側からは絶対に情報は出てこない、と私は予想していました。出てくるとしても、アメリカ側に追随する形だろう、と。
 なんとも情けない戦後の日本国です。
 情報属国です。

 で、ローレス氏のインタビューです。

 「普天間基地は単なる基地の再編ではない。有事の共同計画づくりだ。我々は基地の共有、情報の共有なとも話し合った。同盟の機能強化のためだ。
 我々は自民党とではなく、日本政府と合意したのだ。オバマ政権はブッシュ政権がした合意を尊重した。」日経新聞2009.11.13

 なるほど。
 有事のための普天間移設、でしたか。
 しかし、日本人のコトダマ思想には通用しません。「有事」という発想そのものが、すでにタブーです。
 日本語の中では、有事を想定した議論は、仮説の議論は成り立たないという名目のもと、議論が中止されます。もちろん、その背景にあるのは、コトダマ思想です。

 自民党政権は日本政府ではありません。
 律令システムにおいて日本国を代表するのは、天皇です。
 だから、政権交代して与党になった民主党に、日本を代表する政府という認識はありません。代表しているのは天皇であり、民主党は、とにかくマニフェストを遂行する、という行動原理があるのみです。
 アメリカの場合は天皇がいませんから、時の政権が国家を代表することになります。
 不比等が作った「権威」と「権力」を分離する2元国家構造が日本国をして、外国にわけのわからない国という印象を与えます。

 次です。
 2007年末にメディアで話題になった守屋氏が北海道への移設を提案したとのことです。
 対して、アメリカはー

 「自衛隊の基地を活用したいという話だった。海兵隊員を訓練する施設がなかった。」

 岡田外相の嘉手納統合案についてはー

 「何度も検討した。海兵隊の軍用基準を満たさない。有事には空軍基地である嘉手納に加え、海兵隊増派部隊が使う基地が必要だ。
 北朝鮮は日本を攻撃できるだけの通常兵器も持っている。中国の軍拡やロシアの復活。アジアの安全保障すべてを変えないと無理だ。
 我々は基地の再配置をいきなり決めたのではない。アジアのおける脅威の分析、日米の役割分担、作戦行動などを2年半かけて検討した。19項目の合意は相互に補い合っている。
 海兵隊の一部をグアムに移転した後も米国には日本防衛の義務がある。普天間移設ができなければ合意はすべて白紙に戻さざるを得ない。普天間移設は日米同盟のエンジンだ」同前掲

 以上がローレス氏のインタビューの全部です。

 ローレス氏の説を一気に覆す日本側の説はこうです。
 それらはすべて日本列島に米軍を駐留させておきたいというアメリカの陰謀である。
 北朝鮮問題も、中国の脅威も、すべてアメリカのでっち上げだ。
 極東アジアには、現在、波乱要因は何もない。
 だから、日米同盟は限りなく縮小に向かってもよろしい。

 さて、ローレス氏の検討は、アメリカのグローバル戦略から出てきた妄想か。
 それとも、戦後の日本がその価値観を共有するアメリカがそういうのなら、妄想ではなく、現実のものと受け止めるべきか。

 ともかく、アメリカ・べったりの自民党政権が倒れたおかげで、日米関係のいきさつも見えてくるようになりました。
 民主党の功績は大です。

 アメリカ側の姿勢の基本的前提にあるのは、ホッブスの命題です。
 この世界は、競争である。

 一方、日本側の大前提は聖徳太子です。
 この世界は、和である。

 日米同盟は、この世界の基本的構成をめぐるこの前提どうしの矛盾の上に成り立っています。
 

益川理論を指導した「唯物三段階論」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月13日(金)09時39分49秒
編集済
  おはようございます、皆さん、植田です。

 益川氏の話題の続きです。

 本日の「履歴書」に思考方法の問題が出ています。
 益川氏の師になったのが、坂田昌一氏。京大で湯川秀樹に学んだ日本素粒子学の大家の一人です。
 1942年に名大に赴任してきました。31歳という若さでした。

 「名古屋大学では湯川博士のノーベル賞受賞の業績である中間子論を補完する2中間子論を発表された。55年に発表された素粒子の複合型〈坂田モデル〉に、高校時代の私が強い感銘を受けたことはすでに述べたとおりである。多くの弟子を育てられ、名大に京大と並ぶ素粒子物理学の梁山泊をつくった。」日経新聞2009.11.13

 益川氏の師となった坂田氏は、いかなる思考方法をとっていたか。

 「高校時代からエンゲルスの〈自然弁証法〉を愛読されていたという先生の研究態度は、唯物史観に裏打ちされた哲学に基づいていた。その核心は盟友の物理学者、武谷三男氏が唱えた、人間の認識は現象論的、実体論的、本質論的の各段階を経て発展するという〈三段階論〉である。
 素粒子の研究でも、実体に乏しい理論をもてあそぶ向きがあるが、坂田先生はそれとは対極的に、実験結果から実体論的なモデルを構築し、そのメカニズムを明らかにするという研究のやり方を常とされた。これは名大の物理学の伝統であり、それは私にも血肉となって息づいている。」前掲

 益川氏の思考方法はこういうものでした。
 「三段階論」です。

 エンゲルスといえばマルクスのパートナーだった人ですが、ということは、その「三段階論」は、たぶん、ヘーゲルの弁証法を作り替えたものでしょう。ヘーゲルの弁証法も「三段階論」です。

 で、坂田氏を起源とする名大物理学者の思考方法の「三段階論」ですが、これは、小林・益川氏の他の本でも紹介されています。以来、これは何を意味するのか、と気になっていたのですが、やっと閃きました。
 これはヘーゲル哲学など、西洋自然科学史・思想史の文脈の中で考えるのではなく、ーヘーゲルも「自然哲学」で自然科学を哲学しています、当時にあってもすでに陳腐と見なされた部分ですがー、日本人の思想史の中で考えるべきものである、と。
 たとえば、井沢元彦氏がいう「コトダマ」思想です。

 日本人はなぜ安全保障問題を無視して平気なのか。
 といえば、井沢氏によれば、「平和」と念じれば、平和は現実のものである、と考えるのが、日本人の「コトダマ」思想である、ということです。この思想があるゆえに、平安時代を開幕させた桓武天皇は軍隊を廃止してしまい、公家はそれを当然のことと見なした、と。
 戦後の日本人は平安時代の日本人へ先祖帰りしている、と井沢氏が言います。
 一種の、言語観念論です。
 言葉で念ずれば、通ず、という思想です。
 だから、憲法9条を念じれば、世界平和はすでに実現されている、という発想になります。
 これを逆に言えば、武力などもったら、即、戦争になる、という発想になります。

 この「コトダマ」観念論の文脈の中では、自然科学はできないだろう、とは、容易に推測できます。
 だから、コトダマ観念論に対抗するには、唯物「三段階論」がふさわしいとなったのではないか。

 ついでに言えば、日本人がヘーゲル哲学を受け入れた背景には、このコトダマ観念論があったのではないか、と私は疑っています。つまり、ヘーゲル哲学が「観念論」と言われる場合、西洋思想史の文脈の中での「観念」の意味ではなく、日本思想史の中での「観念」という解釈の中に引き込んで、日本人はヘーゲル哲学を解釈してきたのではないか、という疑問です。

 なんと、益川氏の履歴書によって、年来ずっと考えてきた疑問が、以上のように明白に言語化できました。
 感謝・感謝、です。

 益川氏の履歴書、さらに今後の展開が楽しみです。
 

「CP対称性はわずかながら破れている」とのリポートを見た院生時代の益川氏

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月13日(金)08時29分21秒
編集済
  おはようございます、皆さん、植田です。

 ティーカップの管理者の人ものんびりしているようです。
 もう終わっていますよ。

 さて、今月の日経新聞の「私の履歴書」は、益川敏英氏です。
 2008年度のノーベル物理学賞受賞者。

 出生のときから、名大の大学院に入るところまできました。
 昨日になって、いよいよノーベル賞の種の話題に入りました。

 「私が速報会で最初に発表したのは64年、修士2年の終わりのころ。担当者から雑誌を3冊くらいぽんと渡され、重要と思われる論文を選んで次の速報会で報告しなさいと言われた。
 今思うと運命的なものを感じるのだが、そのときに渡された雑誌の号に、私と小林誠君による後のノーベル賞受賞の研究で答えを出した、粒子の〈CP対称性の破れ〉に関する重要な論文が含まれていた。クローニン、フィッチらによる論文である。
 CPのCとは電荷(チャージ)のことで、C変換は電荷の種類が異なる粒子と反粒子をお互いに入れ替えることを指す。Pとは偶奇性(パリティ)のことで、P変換は物理現象を鏡に映した状態にひっくりかえすことをいう。
 このC変換とP変換を同時に行ったときに、物理の法則が不変であることを〈CP対称性がある〉という。もし不変ではなく、何か違いがあれば〈CP対称性が破れている〉という言い方をする。
 物理学者は長く、CP対称性が成り立っていると信じていたが、クローニンらは加速器による実験から、K中間子という素粒子で、わずかながらCP対称性が破れていることを発見した。これは物理学の研究の歴史において衝撃的な事実だった。
 論文を一読して、そのときは駆け出しだったせいもあり、正直言って意味がよく分からなかった。やり過ごそうとも思ったが、速報会ではこの論文を他よりも詳しく説明した記憶がある。報告を終わった後も、何かすっきりしない、のどに小骨が刺さったような感覚がずっと残った。
 この問題にどこから切り込んでいいか分からず、気になりながらも、私は別のテーマである〈弱い相互作用〉の原理的な問題を追いかけることにした。CP対称性の破れの問題に戻ってくるのは、約8年後、小林君との共同研究においてである。」日経新聞2009.11.12

 いや、実にビューティフルではないですか。
 ノーベル賞受賞者の発見体験記をこのようにすぐに日本語で読めるというのは、すごいことです。
 西洋諸国では、このような体験を20世紀を通してずっと行っていたわけです。その言語の普通のレベルが高くなって当然です。日本語も、もうそのような段階に到達しました。自然科学系のレベルでは、日本語だけでもうノーベル賞研究ができることを益川氏が証明しました。

 益川氏はノーベル賞受賞講演を日本語でやったことから有名になりましたが、どうやら本当に語学には能力がない人のようです。
 名大の入試には英語の点数をカウントしなくてもいいように、数学、物理、国語、歴史だけで合格水準を狙ったということです。
 大学院の入試では、ドイツ語の問題を白紙で提出して、「名大の院の試験はドイツ語が白紙でも合格できる」という噂をまいたとのこと。
 しかし、なにはともあれ、以上のように益川氏の登場は画期的です。

 で、日本人ノーベル賞受賞者が誕生するたびに私が思うのは、日本人に自然科学的思考方法が根付いたのか、ということです。
 ハイデッガーが言うには、自然科学を立ち上げた時代の科学者たちは、同時に哲学者でもあった、という指摘があるためです。ガリレオにしても、ニュートンにしても、彼らは自然科学の内容そのものだけではなく、思考方法においても偉大だった、と。自然科学上の発見をするには、それまでの思考方法を転換させる必要があったが、彼らはこれを行った、と。

 というわけで、ペリー以後の日本人は、西洋ですでに起きた自然科学革命の流れの中で洋学を輸入してきた、ということになります。
 益川氏が読んだ海外の専門誌もこの流れでした。

 ちなみにソニーをソニーたらしめたトランジスタの開発も、「ニューズウィーク」誌に出ていた小さな記事に、創業者の一人が目をとめたからでした。「ショックレーが真空管を使わない装置の可能性を見つけた」、と。
 たったそれだけの記事が、ソニーを作り上げました。

 いまでは、自然科学はもう思考方法というより、技術問題になっています。
 それはそれで自然科学は普遍的であることを証明しています。
 もっとも自然そのものが地球全域にわたって同じですから、どの人種・国籍の人がやっても、同じ結果になるでしょう。

 金融業界では今、グローバル化が問題になっていますが、自然科学業界ではとっくにグローバル・ワールドを達成していたわけです。

 さて、益川、小林コンビが、「CP対称性の破れ」の問題をどう処理していくか、楽しみです。「履歴書」の面白さは、その時代の、その時点に戻って事態の進行を同時進行で報告してくれるところにあります。
 

「天皇陛下、バンザイ」という信じられない鳩山首相のパフォーマンス

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)20時16分36秒
編集済
  こんばんは、皆さん、植田です。

 鳩山首相の音頭で、「天皇陛下、バンザイ」。
 ラジオで聞きました。
 三回も、バンザイ。

 いやあ、信じられませんでした。
 私はいつの時代に生きているのか。

 うーむ。
 長嶋・読売ジャイアンツよりも、不比等・律令システムは永遠です。

 その一方で、必殺仕分け人たちによる国家予算の事業予定の仕分けが公開されました。
 私はテレビ・ニュースで見ただけですが、ネットで中継されているようです。
 ペリー・グッドです。
 ただ、初めての今回は、財務省のシナリオ通りに進んでいるとのことです。
 まあ無理もないでしょう。

 麻生太郎・前首相が言うには、「公開処刑」が行われている、とのことです。
 自民党は、このデモクラシーの政体にあっては正当な公開作業を「公開処刑」と感じるようです。
 その発想を変えない限り、再度の政権与党への復帰はないでしょう。

 日本国内の仕分けは、天皇バンザイもあり、和気あいあいの公開処刑ですが、「思いやり予算」のカットはどうなるでしょうか。
 ジョン・ホプキンス大学のライシャワー東アジア研究所長のケント・カルダー氏によると、こうです。

 「日本が在日米軍のための〈思いやり予算〉をカットすれば、米軍の削減につながる。今後の日米同盟を支えるのは、〈核の傘〉と〈思いやり予算〉だ。そこを見誤ると、日本は深刻な打撃を受ける。」日経新聞2009.11.11

 これは脅しなのか。
 それとも、事実の予想なのか。
 しかし、なんで日本が深刻な打撃を受けるのか。
 そんなことをしたら、アメリカは引き揚げちゃうぞ、ということなのか。

 民主党の仕分けチームは、カットするでしょう。
 米軍撤収を予期してのことではなく、単に、国家の安全保障問題に無頓着であるがゆえに。

 私たちは、その無頓着さを引き受けねばなりません。
 戦後の日本人がこの問題で自立するための高いレッスン代です。

 きょうの平成天皇即位20周年のお祭りを見たら、皇室の存続は疑いなし、と私は思いました。
 しかし、戦前の国体を体験した世代が消えたら、事態は一気に変わるかもしれません。
 「天皇? なに、それ? どこかの酋長?」という世代が圧倒的多数を占めるようになったら、民主党による政権交代よりも、もっと大きな転換になるでしょう。
 きますよ、そのうちに。

 いまや、平成天皇が「天皇」の存在意味を日夜、考えねばならない時代となっています。
 

平成天皇の悩み、その2=皇位継承者問題

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)12時46分46秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 天皇の話題の続きです。

 平成天皇が悩んでいるのが、象徴とは何か、という問題と、後継者をどうするか、という問題です。

 「『将来にわたる皇統(天皇の血統)の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題を憂慮される様子を拝してきた』
 羽毛田信悟宮内庁長官は昨年12月、ストレス性胃腸炎などを発症された天皇陛下の心労の原因をこう説明した。孫世代の皇位継承者、秋篠宮家の悠仁さまが誕生したとはいえ、『皇位継承について依然として問題が残っていることにお悩みだ』と長官はいう。」日経新聞2009.11.11

 天皇も悩みが尽きないようです。
 で、なぜかくも後継者がいなくなってしまったのか。
 皇太子夫婦に男子の子供がいれば、当面はさほど問題になることはないでしょうが、しかし、まさにこの問題が天皇問題の弱点をさらけ出します。21世紀においても、血の継承を通してしかその社会の秩序の統一を図れない社会とは何か、です。

 かっては皇族はいまよりもたくさんありました。 たくさんありすぎて、源氏や平氏など、皇族に由来する世俗的な武家が誕生しました。

 ここにアメリカ占領軍が登場します。
 そして「皇室立ち枯れ作戦」を行いました。
 中西輝政氏が言います、

 「アメリカが編み出した作戦が、皇位継承者と皇室財産面の両面で皇室を追い詰める〈立ち枯れ作戦〉でした。この作戦は、いまでもボディブローのように効いています。」『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』P.180

 この作戦は、マッカーサーが占領直後に示したマッカーサー・ノートの3番目にあったものです。
 1 日本を立憲君主国とすること
 2 武力を放棄すること
 3 華族制を全廃すること

 この3番目です。

 「宮家は直宮(じきみや)、すなわち天皇の弟宮であられる秩父、高松、三笠の三宮家だけ残し、貴族つまり〈華族〉は全廃というのですから、軍事力を背景にして、裸の王様ならぬ〈裸の皇室〉になれ、といっているようなものです。」前掲P.178

 で、このマッカーサーの作戦を受けて戦後60年を経た今、日経新聞の記事が言います、

 「側室、旧宮家など、かっての制度の〈安定装置〉が失われた現代で男系を継続するのは難しいという。」日経新聞2009.11.11

 この事態を中西氏は、マッカーサーの深謀遠慮だったというわけですが、それはそうとして、私に不思議なのは、今も日本は占領中なのか、ということです。
 1952年に占領が終了したあとは、日本人が自分でどうでもできるだろうに、と。

 戦後日本人と長く付き合ってきての私の不思議は、日本人は、まるで自分の社会の制度設計を自分で行うことを放棄してしまっていることです。
 意志を持たない、といいますか。
 まるで今もアメリカの占領が続いているかのようです。

 それで時々、戦後の日本人が無能・無策に見えるときがあるのですが、しかし、一方で、経済大国になる能力も示しているわけですから、ここはやはり、アメリカ占領軍の改造計画通りに「つくられてしまった」戦後日本人、ということになるのでしょう。
 最も重要なところで、無為・無策になってしまう戦後の日本人の頭脳・知力、と。
 

平成天皇の悩み=「象徴」とは何か

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)11時35分11秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 掲示板に流れているフロップですが、昨日、更新したので、まもなく消えると思います。

 さて、統治論と政策論を区別しましたが、これまでの日本語ではこの区別があまり明白になされてきませんでした。それでいつも統治問題(=権力問題)と、政策問題がいっしょくたにされて論じられてきました。

 いまもそうです。
 この問題に、毎日、悩んでいる人がいます。
 平成天皇です。

 本日は平成天皇即位20周年記念日ということです。
 おめでとうございます。

 平成天皇の「日本軍の戦争の後始末」の仕事もさることながら、美智子妃殿下の御苦労も大変なものだったと思います。美智子妃殿下は、歴代の皇后の中でも、傑出した皇后として記録されることになるでしょう。その業績の内容は別にして、突出した皇后として美智子さんに匹敵するほどの人としては、私には、聖武天皇の奥さんだった光明子が浮かんできます。藤原不比等の娘です。光明子は東大寺の建造に深く関わりました。
 しかし、持統天皇のレベルまでは達しないでしょう。
 もしかしたら雅子さんがその役割を担うことになるかもしれません。

 美智子さんの功績の最たるものは、自分の子供を自分で育てたことでしょう。
 皇室の歴史にあっては、画期的な事件でした。子育て革命です。

 で、平成天皇の悩みです。
 今年の4月、結婚50周年記念の日の言葉。

 「象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。」日経新聞2009.11.6

 いや、これは簡単でしょう。
 憲法の第1条に明記されています。

 「天皇は、日本国の象徴であり国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」

 つまり、日本国民を一つにするシンボルです。
 悩む必要はありません。
 天皇は存在するだけで、日本国民を一つにしています。
 「国民主権」という思想を自分で憲法にしたのではない戦後の日本人は、それゆえに天皇に依存するしかありません。

 それでもこの条文は、画期的な宣言をしています。
 天皇が日本国民を一つにする象徴となっているのは、アマテラス神話の神勅によるものではなく、主権者である国民の総意に依存する、と。
 平成天皇の悩みは、ここから生じます。国民の総意とは何か、と。

 私自身は、天皇は存在するだけでよい、と考えます。あとは何をしてもよい、あるいは、何もしなくてもよい、と考えています。
 もちろん天皇家の財政は、日本国民を一つにする象徴である代償であるので、国民の負担です。
 これを逆に言えば、もし日本国民が日本社会を一つにするシンボルを天皇ではなく、一般意志のような抽象的概念に設定する時代が来れば、天皇のお役は御免となるでしょう。その時は、天皇にも職業選択の自由が公認されます。

 天皇という存在は、法的には、大宝律令に登場しました。初出です。
 以後、時代の環境によって天皇像は変貌しました。
 桓武天皇と後醍醐天皇。桓武天皇は自分で都の遷都を決定した最後の天皇です。後醍醐天皇は、大宝律令が定めた「天皇は権力を持たない」という既定を破って、権力者になろうとしました。それゆえに足利尊氏と武力衝突を余儀なくされました。
 明治天皇と昭和天皇。明治天皇は大元帥となりました。昭和天皇もそうです。

 その昭和天皇の御代に日本史にアメリカ占領軍が介入しました。
 そして戦後の日本人を悩ます憲法をつくりました。

 日経新聞の記事に、東大教授の御厨貴氏の説明が出ています。

 「現天皇は大日本帝国憲法下の大元帥だった昭和天皇とはある意味で断絶していて、日本国憲法下の天皇、デモクラシー下の天皇という意識があると思う。この国の中心よりも周縁の人々や日の当たらない人々に心を寄せる。皇后とともに被災地、戦災地や弱者のもとを訪れて祈る。この姿が平成で新しく作り上げられた象徴天皇像だろう」同前掲

 これはこの通りでしょう。
 後醍醐天皇に自分の天皇のイメージがあったように、平成天皇にも自分なりの天皇像があるわけです。各天皇はそれぞれに自分でつくるイメージにそって「天皇」になっていきます。

 天皇を生み出したのは藤原不比等が主導した「大宝律令」ですが、そこでは天皇の存在は国民の総意からではなく、アマテラスの神勅に根拠づけられていました。
 これを国民の総意へと転換したのはアメリカ占領軍です。

 アメリカ軍は戦後日本人の恩人なのか(革命請け負い人なのか)、あるいは、反逆者なのか。
 戦後の日本人の不思議は、こういう問いを出さない点です。
 まだそこまで戦後という時代を消化しきっていないのでしょう。
 

統治論と政策論を区別するーケース・スタディーとしての「八ツ場ダム」

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)10時19分56秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 権力問題を論じるにあたって、今後、統治論と政策論を区別していきましょう。
 統治論とは、日本国を統治するのは誰か、という問題です。いつの時代にも問題があり、それを解決するには政治権力の力が必要ですが、その権力を遂行するのは誰か、という問題です。
 一方、政策論とは、誰が権力を遂行する当事者であっても、それとは別に、具体的な個々の問題が必要とする政策です。

 実際の事例がわかりやすいです。
 八ッ場ダム問題です。
 昨日の日経新聞にこんな記事がありました。

 「国土交通省は10日、2004〜08年の5年間で八ッ場ダム建設に関する落札額1000万円以上の工事や事業を受注した企業に、同省のOB93人が再就職していたことを明らかにした。同省が村井宗明衆議院からの資料請求に答えた。」日経新聞2009.11.11

 八ッ場ダムは、政権与党になった民主党が、脱ダムの一つとして選挙の時点でマニフェストにリストアップしていたダムです。
 選挙で圧勝後も、国交大臣になった前原氏がマニフェスト通りに、ダム工事の中止を宣言しています。

 さて、そうすると、これまでの八ッ場ダム建設とは何だったのか。
 国交省官僚たちの天下り先の確保として利用されたダムではなかったのか、との疑問が浮上します。
 このような疑問が普通に出てくるのが、政権交代の効果です。

 これを統治論と政策論に区別する視点で整理してみると、こうなります。
 官僚主導システムの時代には、統治論的に権力を行使したのは官僚。
 政策論的には、ダム建設は日本の住環境の治水・治山の点から、必要不可欠の工事であり、ダム計画は推進する以外にない、というものだった。

 政権交代後は、
 統治論的には、権力を行使するのは民主党の政治家。
 政策論的には、八ッ場ダムの建設は必要なし、と。

 政策論争とは、したがって、権力を行使するのは誰か、という点ではなく、八ッ場ダムの治水・治山効果はいかなるものか、というダム建設学の立場からなされることになります。誰が政策論争をしてもかまわない問題です。実際的には、ここはダム工学の専門家の出番でしょう。
 その論争を受けて、政策を決定するのが、権力の遂行者です。これは民主党になりました。

 官僚システム時代を弁護するとすれば、日本社会が全体として経済成長する時代にブラ二ングされたのが八ッ場ダムでした。起源は1950年代にさかのぼります。日本中のダム建設が立案された時代でした。
 もし本当に必要であれば、この政策を立案した国交省の官僚たちが、実際の工事を請け負う企業に天下りすることも、人事交流の点で必要だったと見なすこともできます。

 現実は、その時代にあっても、ほとんど放置されていたも同然のダム建設であり、残ったのは、天下り官僚93人という事実です。

 それと前原大臣が中止宣言をしてから浮上した地元住民たちの問題もあります。
 すでに建設完成を見越して住居を移転した人たちも何人もいる、と。

 さて、そうすると、今度は問題は私たちに振られてきます。
 すでに計画の段階で人生設計に影響を受けた人達の立場をどうするか。
 その人たちが置かれた境遇と、日本社会全体の住環境の計画を天秤にかけて、どう私たちは判断するか。
 前原大臣の中止計画を支持するか。
 官僚立案のダム建設をさらに推進させるか。

 民主党はこのような議論や政策の実行についてオープンにしていくとの方針のようですから、事態の成り行きを見守っていきましょう。
 

寺内タケシがロシアでもてたわけ

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)07時43分52秒
   おはようございます、皆さん、植田です。

 一昨日、息子の発熱が新型インフルと診断されました。
 クラスは月曜日の午後から学級閉鎖に入りました。一週間の学級閉鎖です。
 今朝はもう発熱のピークを過ぎ、平熱に戻りました。
 ひと安心です。

 話題は代わって、寺内たけしとブルージーンズ。
 私は、寺内タケシのエレキ・ギターの音楽も好きなのですが、80年代の頃でしたが寺内タケシの音楽がロシア人に大好評を得ていると聞いたことがあります。
 なぜなのか、と気になっていたのですが、最近、何かの本に出ていました。いわく、ソビエト時代、ロシア人は西洋の文化から遮断されていたので、彼らは西洋音楽に飢えていた。ところが冷戦のために、直接、接することができない。そこに西洋側の雰囲気を伝える寺内タケシの音楽が代用になった、と。
 誰の本だったか、ジャック・アタリの本だったか。

 今では、ユーチューブでポール・マッカートニーのキエフ公演が見れます。
 いい時代になりました。

 また話は変わりますが、もりしげひさや氏が亡くなりました。私は、まったく関心のない人でしたが、96歳で亡くなったとか。
 バーナード・ショーが言うには、「人生を真面目に考えるには、人生は短すぎる」ということです。
 100歳ほどの人生、これは何を意味するのか。

 現在の地球で暮らす人類が長寿社会に踏み込んでいることには、いかなる意味があるのか。
 

ヘルプ、ワード、コールド・ターキー、インスタント・カーマ

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月12日(木)07時30分37秒
   おはようございます、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Sサイトです。

ビートルズの音楽を「ポスト・モダン」音楽として考察する
 

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