投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

全150件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  |  《前のページ |  次のページ》 

平成天皇の慰霊と、アメリカの日本人管理戦略

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 8日(日)10時49分28秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 太平洋戦争後の、というよりも、ポスト・冷戦の時代にあって、国内最大の平和推進勢力は誰か、というと、平成天皇がその人である、ということになるでしょう。
 戦前の日本軍の戦争はすべて天皇の名目で行われた戦争でした。
 そのことが、どうやら平成天皇に、死者の慰霊を通しての皇室の責任を果たす使命感を与えているようです。

 日経新聞が「平成の天皇」の連載を始めました。
 昨日の話題が戦争です。

 「皇太子夫妻として初めて沖縄を訪れた75年7月、〈ひめゆりの塔〉で過激派に火炎瓶を投げつけられた。その夜、感想を発表された。『多くの尊い犠牲は一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません。』・・
 陛下は、日本人が記憶すべき〈4つの日〉として終戦記念日、広島と長崎の原爆の日、沖縄戦終結の日を挙げられる。記者会見ではたびたび戦禍に倒れた人達に思いを馳せ、戦後50年の節目には長崎、広島、東京を回る〈慰霊の旅〉もされた。
 羽毛田信吾宮内庁長官は、『世代が代わっても戦争の愚かさ、悲惨さが伝わるのか、伝えなければならないという陛下の危機感はすごいものだと感じる。戦争の悲惨さに対する思いは世代が代わっても国民全体が共有すべきだと思っていらっしゃる』と話す。
 2005年6月、戦没者の慰霊を目的とした初の海外訪問となったサイパン島。犠牲者を国籍を問わずに弔う〈中部太平洋戦没者の碑〉で献花し、多くの日本人が身を投げた〈バンザイクリフ〉などで黙とうをささげられた。・・
 〈鉄の暴風〉と呼ばれた砲撃などで20万人余の犠牲者を出し、昭和天皇が病のため訪問を果たせなかった沖縄。本土の”防波堤”となり、集団自決の悲劇を生んだサイパン。
 サイパンへ同行した同帰還者会の平良善一会長(79)は『昭和天皇の残した負の側面も含めて引き継いでいくという、陛下の慰霊を超えた強い意志を感じた』と話す。
 著書で天皇を≪現在の日本にあってもっとも純粋な崇高さを兼ねた平和勢力》と表現した作家の保坂正康氏は、こうした慰霊の姿勢を〈政治的行為に触れない限りぎりぎりのところで行っている〉と分析。」日経新聞2009.11.7

日本軍の戦争が天皇の名で行われたことの責任感。
 それと、天皇という存在の役割は、もともと、死者の霊の慰霊でした。皇祖・皇宗の霊統を維持するのが天皇の使命です。それが、普通の日本人の死者の霊を慰霊するようになったのが靖国神社への昭和天皇の参拝でした。「天皇陛下バンザイ」と言って死んだ日本軍兵士の霊を祭った神社である以上、昭和天皇が参拝したのも不思議ではないでしょう。

 戦後の日本人が、ウェストファリア体制の中にいるにもかかわらず、国家の安全保障問題にほとんど無能・無策に陥っているのは、天皇の名において戦われた明治から昭和までの戦争に決着をつけていないからだ、と私は思います。
 日清戦争から日露戦争を経て、満州事変に端を発する日中戦争の泥沼、そしてアメリカとの戦争へ、これらは一体何だったのか。

 具体的な戦史については今では多くが語られるようになっていますが、私は、文明史的に見て、日本軍の戦争とは何だったか、と問いを出してみたいと思います。
 天皇の名において戦った・戦われた日本人の戦争とは何だったのか。

 やはり、S・ハンチントンが述べたように、あれは「文明の衝突」ではなかったのか。
 律令理性文明と自然理性文明の衝突だった、と。
 そして、律令理性文明は敗北し、その結果として昭和天皇は「人間宣言」をすることになり、天皇を主権者として規定した明治憲法は国民を主権者とする日本国憲法に更新された、と。これによって日本国は「近代」へと入った、と。

 それがいかなる文明であっても、当事者としては自分の文明のスタイルを守らねばならないというのが人間の自然な行動原理であるとすれば、日本軍の戦争は、正当な戦争でした。
 問題は、文明の内容だった、ということになるでしょう。

 そこで戦後の日本人は、アメリカ製の日本国憲法にどう反応したか。
 といえば、歓迎した、といえるでしょう。
 日本人は、自然理性の憲法を歓迎したのだ、と。

 しかしそこはアメリカ軍の戦略がありました。
 しっかりと天皇制を保存しました。
 主権者たる日本国民が一つの全体として統一されるシンボルとして天皇の存在がある、とされました。
 だから、日本国憲法は、どちらにも解釈が可能です。
 国体は護持された、と解釈する人。
 国民が主権者となったのだから、革命が起きた、と解釈する人。

 これらの人たちをまとめて面倒みたのがアメリカです。
 国民主権をアメリカ人が日本人に与えてやることで、戦後の日本人から主体性闘争が発生する土壌を消した、と。それは歴史的には、おうおうにして宗主国への反乱として形成されるものであるから。と、このように説明したのが酒井直樹氏です。

 民主党政権の安全保障政策への迷いも、この戦後の枠組みの中にあります。
 日本人の、日本国民としての統一は、天皇に依存するしかないのか。
 それとも、ルソーの思想のように「人々の一般意志」なるものを打ち出して、天皇に代用するか。
 まだ戦後の日本人が踏み込んだことのない思考の領域です。

 ゆえに、ここのところをアメリカが今も管理しています。
 日本人は安全保障ではアメリカに頼っていればいい、と。
 

バベルの塔は、民族結合のシンボルと考えたヘーゲル

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)22時05分26秒
  こんばんは、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Sサイトです。

バベルの塔はなぜ失敗したか=ヘーゲルの説明
 

連用修飾語と副詞の関係

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)21時06分37秒
  こんばんは、皆さん、植田です。

 学校で国語の文法をやったばかりというので、息子の国語のノートを見せてもらいました。
 ありました。
 「てにをは」よりも、もっとずっと私たちに身近な文法の問題です。
 たとえば、修飾語の連体修飾語と連用修飾語。これらは何か。
 戦後世代は、一度は国語の授業でこうした専門用語を耳にしたことがあると思いますが、たいていは忘れてしまいます。
 私も忘れていました。
 しかし、心配はいりません。
 息子のノートに書いてありました。

 「大きな魚が釣れた」

 この場合の「魚」は名詞であり、体言という。そして「魚」にかかる「大きな」が修飾語であり、体言にかかる修飾語のことを連体修飾語という。

 「雨がしとしと降る」

 この場合の「降る」は動詞であり、用言という。そして、用言「降る」にかかる(修飾する)「しとしと」を連用修飾語という。

 これで連体修飾語と連用修飾語が何であるか、わかりました。
 では、英文法と対比するとどうなるか。
 ここが、私たちが今、知りたいところです。

 例文を作ってみましょう。
 「彼女はゆっくり歩く」、としてみましょうか。
  この文では、「ゆっくり」が連用修飾語となるでしょう。

 では、英文ではどうか。
 She walks slowly. となるでしょう。
 では、この文での、日本語で言う連用修飾語は何か。
 といえば、ゆっくり=slowlyです。

 では、英語ではこの文中のslowlyを文法的に連用修飾語と呼ぶか、と言えば、そんな呼び方はないでしょう。
 副詞です。

 というわけで、連用修飾語は副詞である、ということになります。
 「ゆっくり」以外の連用修飾語が英文の副詞に該当するか、いろいろな事例を試してみると面白いでしょう。

 こんな具合に試行錯誤していけば、日英文法の統一理論が見えてくるかもしれません。
 

明治時代、「てにをは」学は西洋の文法に屈した

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)16時52分0秒
  こんにちは、皆さん、植田です。

 「てにをは」の話題です。

 ヤフーのサイトにこんな説明がありました。

 「てにをは(てにをは) [ 日本大百科全書(小学館) ] 「てには」ともいう。漢文訓読の際に付される「ヲコト点(乎古止点)」より発した語。ヲコト点のうち、博士家(はかせけ)点などに用いられる(田の字に似た四角形の)四隅の点を左下から右回りに順に読むと「てにをは」となり、そこに起源が求められる。この起源を明らかにしたのは江戸時代の栂井道敏(とがのいみちとし)の『てには網引綱(あびきづな)』である。室町時代から「てにをは」は「出葉」の意で、草木の名前も春にその葉が出て明らかとなるが、表現も「てにをは」がついてその内容が明らかとなるところからの名称という考えが伝わっていたのを否定して出されたもの。源師時(もろとき)の日記『長秋記(ちょうしゅうき)』にヲコト点を「てにをは点」とよんだ例もあり、道敏の説は確実なものとして認められている。鎌倉時代以後、和歌や連歌(れんが)の世界では、語句の続き方の可否を定める際の語として使われるようになり、以後、「てにをはが合わない」のような言い方が残る。「てにをは」は、その由来からいって、漢文訓読の際に補読される語の意味で、助詞・助動詞など種々の語を含む名称であるが、「て・に・を・は」のそれぞれが助詞であることから、助詞の代名詞的な使われ方もする。「てにをは」を品詞分類の一名目として最初に用いたのは鈴木朖(あきら)の『言語四種論(げんぎょししゅろん)』。以後、「動かぬてにをは」「動くてにをは」などの呼び方で、助詞・助動詞の総称という使われ方もする。

品詞の一名目として「てにをは」を用いることは明治時代以後の文法でも行われたが、西欧文典の浸透に伴い、品詞名は、その訳語としての漢語名に統一される傾向になっていき、現在の文法論で「てにをは」を品詞名とすることはない。従来の流れを受け、「助詞の別称」「助詞・助動詞の類の別称」「語句の続き具合」といった意味の語として使われる程度である。

[ 執筆者:山口明穂 ]」
 http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%81%A6%E3%81%AB%E3%82%92%E3%81%AF/

 なるほど、です。
 このように「てにをは」が何であるかはわかるのですが、この説明にもあるように、ポイントは、最後のところです。
 なぜ洋学の輸入とともに、洋学に押されてしまうのか。

 そこで働く力はなにか。
 たとえば、西洋の学問には自然科学があったので、そのような学問を立ち上げる西洋人の文法学のほうが中国や日本で発生した文法よりも優れているに違いない、と明治の日本人が考えたのか。つまり、文法そのものの要因からではなく、他の要因からの「力」効果。

 それとも、文法学そのものの力によって、「てにをは」学は、西洋の文法に屈したのか。
 だとしたら、それは何か。

 これは面白い問題です。
 

「バベルの塔」神話と文法論

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)11時57分15秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 英文法を論じた本の中で、私には、副島隆彦氏の『英文法の謎を解く』シリーズが最も面白く、刺激的です。
 読むたびに、刺激を与えてくれます。良い本とは、読者をして、自分でその問題について考えるように刺激する本です。

 そこで、文法とは何か。
 副島氏が述べています、

 「文法学とは、ある国民言語(language)の使用(統辞)の法則性を明瞭に抽象し、それを法則の体系に置き換えることによって、その国語の使用(統辞)の規範(正しい使い方)を定めるものである。そして、その法則の体系は、外国人(その言語が外国語である人々)にとっても、合理的に自然に理解できる理論、すなわち、世界共通の地盤を持つ、学問(science)でなければならないのである。
 その国独自で発達した独特の表現法というものがたくさんあるのは仕方がないとしても、その国独自の文法学というものはあってはならない。その国の人間にしか理解できないような国語理論は疑われなければならない。外側に開かれていないものは理論でも学問でもない。
 だから、私は、18世紀まで、ヨーロッパ共通の知識人言語であったラテン文法学まで英文法(各ヨーロッパ語文法)を戻して、それと、日本語の統一的観察をすべきだとずっと考えてきた。」『英文法の謎を解く』p.158

 まったくその通り。
 こういうところを目にすると、私は、副島氏の精神には、戦後世代の新しい息吹が健康的な流れているなあ、とつくづく感じました。この本は1995年にでたものです。もう14年も前になりました。

 つまり、丸山真男が指摘した、日本人の思考を根源的に規定する「内」と「外」の区別を、最初から抜け出しています。
 日本語も英語もラテン語も同じ土俵の中で考察する、という精神です。

 この問題は、神話的に考えれば、旧約聖書の「パベルの塔」の物語まで行きます。
 その昔、地球上では、全人類は同じ言葉を話していた、と。
 しかし、人類は、同じ言葉をもって協力したことから、自尊の気持ちが高ぶり神の領域に達しようとしたので、神は、人類の言葉をバラバラにして、互いに力を合わせることができなくしてしまいました。

 だから、現代の国際社会の秩序形成原理である「パワー・ポリティクス」は、このパベルの塔の物語の結果であるとも言えます。言語が異なるゆえに、互いに意志が疎通できなくなり、各国民・各民族は、互いに不信を覚えるしかなくなっている、と。

 聖書的には、人類の本当の敵は、パベルの塔を作った人類の力に嫉妬した神である、ということになります。
 だから、アメリカ軍は敵の設定を間違っています。もっとも、近代軍たるアメリカ軍には、ニーチェの宣言にあるように「神は死んだ」となっています。
 もちろん、神の策謀です。この世に存在するすべてを創造した神が死ぬはずがありません。その力は、日々、瞬間瞬間に、地球に作用しています。
 冬になれば富士山に雪の冠をかぶせ、春には、野原に花を咲かせます。これらが太陽と地球の関係に依存するというのであれば、その太陽と地球を作ったのは誰か、ということになります。ビッグ・バンであれば、そのビッグ・バンを引き起こしたのは誰か。偶然だとしたら、その偶然を引き起こしたのは誰か、です。哲学的に考えれば、その「最初」を考えるのが、学問の主題です。「アルケー/原初」問題です。

 ニーチェの宣言は、浅はかな人間が考え出した神は死んだ、というだけのものです。
 その証拠に、ニーチェは、キリストだけはどこでも批判していません。『アンチ・キリスト』においても。
 話がずれました。

 なぜ普遍文法が必要なのか。
 パベルの塔は正しかったからです。
 人間精神の構造は、万人、同じです。
 それを言語を分散して、人類の間に不和の種をまいたのは、神の嫉妬です。
 いやまあ、神話的に言えばそういうことになるのですが、実際的には、人類は相違点がないと、切磋琢磨して競争することがなくなる、ということでしょう。これも人類のサガです。絶対的休息は、人類の絶対的死を意味する、と。
 だから、人類は昔も今も、部分的競争(戦争)をしながら、向上を目指しています。
 またずれました。

 副島氏の『英文法の謎』を今、あらためて拝見すると、日本人の英語教育は、長く、鎖国の中でやってきたのだなあと痛感しました。
 ネイティブたちの英語を度外視して、日本人だけで「英語とはこういうものだ」と勝手に英語ワールドを作ってしまい、そこで自分たちにしか通用しない受験英語を作ってしまった、と。

 「It's kind of you to come to see me.
来てくれてありがとう。

 この英文を、ふつうのアメリカ人・イギリス人の前で使ったら、あなたは、相手から、ポカンという顔をされるだろう。『何だ、オマエは、日本の名門貴族の出なのか。爵位でも持っているのか』
 この表現を使っていいのは。日本では、雅子妃、紀子妃レベルの人たちである。あとの人間は、使ってはならない。It's kind of you to・・は、きわめて上品で、上品すぎて、もはや、歴史上の雅語に入れられる表現である。・・
 ところが、これを少し変えただけで、It's nice of you to come.
 もっと気軽には、It's very good to see  you.やあ、お久しぶり。」p.112

こういう日本語鎖国から生じた問題は、副島氏が指摘しているように、日本人が普通の海外生活をするようになれば、自然に訂正される問題です。
 しかし、文法論は、パベルの塔の問題として、人類が複数の言語を使っている限り、妥当し続ける問題です。
 

アダム・スミスの動詞論/「てにをは」廃止論

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)10時27分0秒
編集済
   こんにちは、皆さん、植田です。

 人間が言語を立ち上げた時、最初に見つけた単語は、名詞か、動詞か、形容詞か、前置詞か。
 アダム・スミスがこの問題を「最初の言語の立ち上げ」という論文で論じています。
 「CONSIDERATIONS concerning FIRST FORMATION OF LANGUAGES,&c.」

 アダム・スミスとは、もちろん『国富論』の著者です。
 スミスには主著と見なされるものが2冊あり、『国富論』と、その前に書かれた『モラル・センチメンツの理論』がそれですが、後者の末尾に言語論がついています。
 これが大変面白い内容です。

 スミスの言語論は当然英語をベースにしているので、前置詞の考察などは、私たち日本語人には、なんのこっちゃ、となります。日本語には、そんなものはないぞ、と。
 そこで日本人の場合は、日本語と英語の相異は何か、という問題となるわけですが、スミスにはこの問題はなく、もっとストレートです。
 人間が最初に言語を立ち上げた時、その品詞は何だったのか、です。名詞か、動詞か、そうでなければ何か。感嘆詞か。

 スミスは名詞から考察を始めました。
 原始人は、いかにして単語を発見したか。
 例語に、洞窟(cave)、木(tree)、泉(fountain)が出てきます。どれも生活に必要なものばかりです。
 原始人たちは、互いに最も必要なものに対して、意志の疎通から、共通の名をつけることを始めたのだろう、という具合です。

 前置詞の考察は、日本語にないものだけに、非常に興味深いです。
 これは具体的なものの名前ではないので、高度に抽象的な思考を要した、などとスミスが述べています。要点は、前置詞とは、関係を表す語である、ということです。
 だから、前置詞が発達するには、モノとモノの関係を一挙に感知し、それを言語化する必要があった、と説きます。
 前置詞とは、ご存じのとおり、above,below,of,to,for,with,byなどのことです。

 「A preposition denotes a relation, and nothing but a relation.」
 前置詞は関係を指し示す、そして関係しか示さない。

 「The invention of such a word,therefore,must have required a considerable degree of abstraction.」
 前置詞のような単語の発明は、かなり高度な抽象力によって得られたに違いない。

 こんな具合に、「数」(単数、複数)とか、「性」について考察を進めながら、動詞になります。
 スミスによれば、言語の根源語は、動詞です。

 原始人が生活の中で、最も必要としたもの。
 それは、たとえば「来た」だった、と。

 ライオンが来た、と。
 そして、「来た」という動詞の中には、ライオンが含意されていただろう、と。
 このように誕生した動詞は、最初は非人称の動詞だったのであり、そのあとで次第に人称と関係する動詞が誕生し、変化していった、と。

 以上のスミスの言語論は、今では岩波文庫から出ています。

 そこで私たちの関心は、日本語の場合は、このような自国語への文法的な関心はいつ始まったのか、です。
 文法的な関心とは、その時点で、日本人が自分の思考様式を客観的に研究を始めた、ということです。

 で、「てにをは」について、面白い本を書いた人がいたことが分かりました。
 明治時代の人です。

 http://www.hiroike-chikuro.jp/book/16/top.htm

 「 明治38年(1905)39歳
 明治39年(1906)40歳

 本書の緒言に、「予は東洋法制史の研究を以って、専門学としておるもので、文法の事や、教育実務の事は専門ではないのですが、しかし、十幾年間、法制史大成の準備として、研究した東方諸国の言語、文字、音韻、文法のことにつきては、一通りこれをまとめて、その道の学者に問うて見たいと考えて、さきに、支那文典を著わしましたが、同時に、日本文法の改造を思い立って、すなわちこの『てにをは廃止論』を草したのです。」とある。千九郎の主張があまりにも異色であり、又、日本語、英語、中国語などの諸言語に通じている学者が少なかったため、学問上の業績としては十分に評価されなかった。当時にあっては奇異の感があったが、現在では各国語の間で品詞の呼び方はおおむね統一の方向に向かっているなど、言語研究は千九郎が主張した方向に進んでいる。この文法研究は、異なる言語に一貫する文法の研究であり、各文化における普遍的法則の研究の一端であることに注目すべきである。本文320頁。
翌年、『日本文法てにをはの研究』と改題の上、再出版された。」

 明治時代に、日本語を普遍文法の中で考察しようと試みた人がいたというのは、興味深いです。
 できることなら、この本を読んでみたいです。
 

アメリカの来年度の予算では、普天間の移設はなく、グアム移転もなくなった

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 7日(土)09時42分8秒
編集済
  おはようございます、皆さん、植田です。

 鳩山首相が決断を伸ばしているうちに、アメリカがどんどん事態を進めています。
 普天間基地が移設されない限り、沖縄のアメリカ軍のグアム移転はないという日米合意のもと、アメリカ上院は普天間移設はないと想定し、アメリカの来年予算に計上されていたグアム移転費用を大幅にカットしました。
 オバマ大統領によると、日米合意を遂行するのに支障を生じる規模の削減、ということです。大統領は上院に再考を求めています。

 で、こういうアメリカの動きを見ると、鳩山政権のノロノロ運転を批判したくなりますが、その一方で国会の審議を見ていると、自民党の議員たちの発想は、完全に日本属国の発想になっています。いや、属国と言うより、ソビエト連邦が存在した時代によく使われた「衛星国」という印象を強く受けます。石破・元防衛長官、川口・元外務大臣たちです。
 やれ、オバマ大統領が来日するので、それまでに決めろ。
 やれ、アメリカの予算がもうすぐ決まるので、それまでに間に合わせろ。
 まさに、地球をアメリカとしたら、日本は月です。いつまでも地球の動きに従っていきます、と。

 その中で、アメリカのタイム・スケジュールを無視する結果になっている鳩山首相の決断先延ばしです。これはこれで興味深いです。

 それとアフガン支援をどうするか。
 こちらは、インド洋での石油補給を中止して、代替案を探しています。
 鳩山政権が言うには、テロ対策としての武力支援よりも、民生支援のほうが効果があるだろう、ということです。
 それはそうですが、しかし、一方、安全保障保障のほうはどうなるか。外国の軍隊に守ってもらっていながら、学校を建てたり、保健衛生を改善したり、経済支援などをするのか。まさに戦後の日本人の生きざまです。日本国をアメリカに守ってもらっている中での、経済成長でした。民主党はこの発想をアフガン支援に応用しているかのようです。

 今朝、民放のテレビを見ていたら、安全保障の問題を話題にしていました。
 塩じいこと、塩川・元財務大臣が言うには、民主党がアメリカとの同盟を見直すというのであれば、日本の防衛・安全保障を自分でどうするかということと、一緒に考えていく必要がある、ということです。
 これは当然です。
 しかし、鳩山首相の口からは、今のところ、ここの発言はありません。前提は、やはり日米安保の堅持のようです。
 これでは、鳩山政権の民生優先論は、「安保ただ乗り」の延長でしかありません。

 やはり民主党の安保政策を批判したくなりますが、そこは戦前の亡霊が甦ってきます。
 日本軍よりも、アメリカ軍のほうが信頼できる、という亡霊です。
 何しろ戦前の日本軍は首相官邸を武力攻撃しました。自国の政府を日本軍が攻撃です。

 迫水久恒という、戦前と戦中に内閣書記官長を務めた人がいます。
 この人は、2.26事件と、終戦間際の御前会議の二つを体験しました。
 彼が述べています、

 「永田町の首相官邸は、できてから今日まで二度、日本軍の機関銃によって撃たれている。2.26事件のときと終戦のときとである。」『機関銃下の首相官邸』p.

 戦後の日本人は、いまもこの戦前の日本軍の振る舞いに怯えているといってもいいでしょう。
 だから日本軍の再建は絶対に許せない、と。
 そこでアメリカ依存となります。
 自分で選んだ戦後日本人のアメリカ属国です。

 この状況をどうしたらいいのか。
 簡単には変わらないでしょう。

 テレビで報じられるアメリカ軍の地元の住民との触れ合いを見ると、そもそもアメリカと日本では、国民と軍の関係が違う、という印象を受けます。
 まあ、ここは当然です。
 戦前の日本はデモクラシーの国ではなく、律令システムの日本を軍部がハイジャックした国でした。軍隊は国民の軍隊ではなく、天皇直属の皇軍でした。

 戦後の日本では、憲法的には国軍は存在しません。
 自衛隊は、酒井直樹氏が述べたように、アメリカの植民地軍同然になっています。そのほうが安全と言えば言えますが。

 だから、安全保障問題は、日本人にとっては、かっての皇軍をいかにデモクラシー・国民軍に転換するか、という問題でもあります。
 簡単なことではありません。
 民主党を倒す問題になるかもしれません。

 つまり、国内の民主支持率がどうであろうと、やがてアメリカの圧力に屈する日が来る、と。
 それだけ安全保障問題は重要だ、ということです。
 これからの民主党の動揺を見ながら、日本人の有権者も、戦後ずっとタブー視してきた国家の安全保障を直視せざるを得なくなるでしょう。
 そうなったら、普天間移設よりもさらに難題が出てくるでしょう。
 正式に誕生することになる日本軍の基地をどこに置くか、と。
 

「てにをは」とは何か、「が(あるいは、は)のにを」ではないのか

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 5日(木)21時48分38秒
編集済
  こんばんは、皆さん、植田です。

 実験です。

 私   愛す 彼女

 アイ  ラブ  ユー

 イッヒ リーベ ディッヒ

 とこんな具合に、日本語と英語とドイツ語を並べてみます。
 英語とドイツ語はカタカナで代用しておきます。
 焦点は日本語です。
 日本語文は、どこかおかしいです。
 どこがおかしいか。

 主語のあとに「は」がなく、目的語である「彼女」のあとに「を」がありません。
 さらに動詞の「愛す」のあとに、「る」がないと言えるでしょう。
 これは何か。
 英語とドイツ語のほうは、欠けているところはありません。
 英語とドイツ語の場合は、語順、すなわち文の中における語の位置が、日本語の場合の「は」「を」を意味します。
 これは何か。

 日本語では、補う必要があります。
 私「は」、愛す「る」、彼女「を」

 これを She loves you.
 とすれば、ビートルズの大ヒット曲です。
 余興でした。

 日本語の「は」「を」はなにか。
 ちなみに、ドイツ語の文法では、1、2、3、4と格が四つあります。
 これに日本語をあてはめると

 ドイツ語の 1格→ 日本語の は・が
       2 →    の
       3 →    に
       4 →    を

 私は愛する彼女を、という実験文は、一格と四格と動詞からできている文です。
 これを、主体(私)は、作用する(愛する)、客体に(彼女)に、と考えることができます。

 日本語の普通の語順は、私は彼女を愛する、です。
 これは、私は客体に作用する、となります。
 これらはどう違うのか。

 語順の問題は、2つに区別できそうです。
 「は・の・に・を」の問題と、文字(語)の位置の問題。

 日本語の「はのにを」とは何なのか。
 ついでに、「てにをは」とはよく聞きますが、これはなんでしょうか。
 

英語に慣れると、日本人は自然理性人に「なってしまう」、か?

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 5日(木)20時59分22秒
   こんばんは、皆さん、植田です。

 次の話題で書きました。Nサイトです。

makeやgetやtakeなどを日本人が身につけると、日本人はどうなるか
 

ピジン英語とクレオール英語

 投稿者:ウエダ  投稿日:2009年11月 5日(木)16時39分44秒
編集済
  こんにちは、皆さん、植田です。

 副島・英文法の話題の続きです。

 私が非常に気に入っている箇所があります。
 「日本人はなぜ英語が下手なのか」と題された第1章の最後のところです。

 ちなみにこの章の主題は、ピジン英語とクレオール英語、です。
 私はこれらの言葉はぼんやりと耳にしたことはあったのですが、その意味について知ったのはこの本のおかげでした。

 ちなみに、副島氏によると、日本人の英語はピジン英語です。英語と日本語の混成語です。
 では、クレオール語は何か。これも混成語です。
 というわけで、この区別はなかなかややこしいです。
 ややこしいことは省略しましょう。
 どうせこんがらがるだけです。

 それよりも面白いのがこれです。

 「読者の皆さんは、自分の英語がクリオール化することを望むだろうか。自分の英語が、徐々に、日本語の統辞(syntax)から離脱して、英語化していくことに耐えられるだろうか。
 たとえば、

 〈ぼくは 思うん だよね。君は すべきだよ。それを〉

  I    think  that   you  shoud   do   it.

のようになることを意欲するだろうか。このように、頭のなかに英単語が同時に流れるようなヘンな日本語を認めるだろうか。あるいは、さらに、

 〈アイは、スィンクする。ユーは、イットをシュッド、ドゥーだよ〉

 というような、かなり怪しいが、しかし、日本人でも何とか通じそうな日本語を今にもしゃべりだしそうな人々の出現を阻止すべきだと考えるのだろうか。ここが思案のしどころだ。
 私は、ヘンテコなカタカナ化(これを外来語と言うそうだ)した日本語が、ただ単に単語であることにとどまらず、これらが造文化され、意味をもつようになってゆくことを、ある意味で避けられないことだと思っている。」『英文法の謎を解く』p.17

 私もまったく副島氏に同感です。
 日本人が話す日本語は、今後、数世紀をかけて次第に英文の構造に近づいて行くでしょう。つまり、まず先に、アイ・シンク(スィンク)と来る日本語文が普通になるでしょう。

 私の考えでは、これが自然理性言語の普通の形です。
 律令理性言語は、できる限り「アイ・シンク」を消すように努める言語です。
 へたに「私は考える、それを」などと言おうものなら、日本人の一般的なイメージでは、自己顕示欲の権化とみなされるのがオチです。

 というわけでここで副島氏が指摘しているのは、律令理性と自然理性の問題ということになります。

 で、そういうことなら、日本語と英語の違いが簡単に説明できます。
 日本語の文法構文には、人間の精神の思考の要素が言語の中に介入することをできる限り否認しようとする傾向がある、と考えられます。

 自然理性の哲学を構築したヘーゲルはこう述べています、

 「ある言語が思惟規定そのものを表す豊かな論理的表現を持つ場合、すなわち固有の表現と細かな表現の区別をもつ場合には、それはその言語の長所である。前置詞や冠詞にもすでに、思惟に基づくところのこういういろいろの関係が出ている。シナ語はその構造上こういう関係をまるで持たないか、少なくともその点の表現が極めて貧弱だと言われる。その不変詞は全然、従属的なもので、前つづりや接尾語などのようなものと同様に、ちっとも他のものとわけられていない。
 それよりももっと大事なことは、言語の中で思惟規定が名詞や動詞の上に表され、それが対象的形式に打ち出されるということである。ドイツ語はこの点では他の近世語に比べて多くの長所をもっている。」『大論理学・上巻1』p.8

ヘーゲル的に見れば、近代の西洋語には、思考の規定が文法の中に反映されている、ということになります。
 さて、それではわが日本語はどうか。
 

以上は、新着順61番目から70番目までの記事です。 3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  |  《前のページ |  次のページ》 
/15